細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

橋本治が死んだと知った時、ある町が消え、子どもの頃にあったありふれた風景が丸ごと消えたような感覚がした。

私がかつて愛読していた橋本治が亡くなりました。

その時たまたま、私はすごく寂しかった。橋本治が亡くなったと知る直前。

訳あって、一人暮らししていたマンションを一時的に離れ、短期の賃貸を借りたばかりで、慣れない。

しかしそれだけではない。

私には寂しさの発作がある。 時空の感覚が変わる。 気を失ったり頭痛になったりする。若い時から辛い。 自閉症スペクトラムだけでは説明できない。自閉症スペクトラムは一人のが楽な人が多い気がする。私も干渉されるのは苦手。また感覚も独特。 しかし自閉症スペクトラムからだけでは説明できない。 境界性パーソナリティ的な部分もある。 干渉されたくないのに、一人でいると辛い。そして徒方もなく、索漠たる感覚世界で苦しんでいる。 何か大きなものに包まれ抱かれていたいのに、それがない。それが人間かどうかもわからない。 セックスや友だちづきあいで収まるかすらわからない。 ずっとそんな風に生きている。 わかる人がいたらいいのだけど。

橋本治が死んだと知った時、ある町が消え、子どもの頃にあったありふれた風景が丸ごと消えたような感覚がした。

おもちゃ、草むら、軒先、雨宿り、夏休み、アイスクリーム、こたつ、あやめ、一人で泣いた、切手、駐車場、雑誌、けん玉、インク、立ち食いうどん、プラモデル

橋本治は巨大な、小さなもの、ありふれたものの中にあった思い出や匂いの総体のような人だ。 20世紀の真ん中から終わりに向かう、消費社会、戦争、大衆、その中で、たった一人から世界とつながれると戦った人ではなかったか。

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橋本治という人は、天皇が死んだり美空ひばり手塚治虫が死んだときに、私たちはもう解放されているんだということをかなりはっきり述べた人。 橋本治の先見の明はある時期まで凄まじかった。

さらに橋本治は、独学の天才だった。東大の大学院に行って、後世の仕事から見れば、古典教養が卓越してるのは明らかだった。 しかし橋本治は研究者にならなかった。 才能が溢れていたからだけではない。徹底的に自分のセンスにこだわることしかできないため、研究者コミュニティに入れないと感じたのではないだろうか。 それは橋本治の人間としてのあり方が当時の常識をはるかに越えていたからだ。 橋本治は、世界的にはセクマイでスターになったミュージシャンやミシェル・フーコードゥルーズに近い流れにあったかもしれないが日本では孤立してもいたはずだ。 橋本治セクシャリティジェンダーに関する取り組みはかなり先駆的で35年くらい前?に男の編み物の本を出したり、そのもう少し前に女性ものの水着を着て写真を撮ったりしていた。 橋本治の取り組みは当時孤絶したものだったが、私は橋本治の取り組みから8年後くらいかな?20くらいで読んで、自分のしたいことをして生きていっていいんだなと。 そうしてジェンダーの枠組みを解体して再編成しようとしていく橋本治に勇気付けられた。 橋本治の「恋愛論」「蓮と刀」などは、人が人を好きになるということを体験からも理論からも話せるし、その上で自分の気持ちというもので走れると。 そうしながら自分の体や心をぶつけて、世界を知り自分を豊かにできるんだということを説得的に示していた。

橋本治は豊かな古典教養を持ちながら、それを現代人と同一平面の場所から、直ちに感じることができると示していたし、常識のうつろいやすさを見つめながら、それにとらわれず生きるために大変に学んだ人。 橋本治の読字量は莫大で、彼が幼い時に悩んだことを整理するためにどれだけの研究をしたか想像を絶する。 何しろ多産で、おしゃべり体で、時に論旨は錯綜しもするから、まとめにくい著述が多く、その仕事を総覧するのは困難だから、位置付けは難しいだろう。

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晩年はいろいろ賞をもらって、題材も確かにわりかし地味になった感じがしたのと、橋本治に教えてもらうんじゃなく自分で考えなきゃと思ったので、あまり読みませんでした。 いつまでも甘えてちゃいけない。 それと橋本治も普通のおじさんになったのかもしれないなって。 まあでも橋本治なりにしか生きていなかったかもしれず、簡単に決めてはいけない。また読んでみよう。 しかし橋本治の悩みながら学ぶ姿勢、自分の気持ち、欲望を見つめて、精いっぱい生きる気持ち、私は忘れたくない。 橋本さん、よく頑張られました。 本当にさみしいです。 橋本さんがいなければ、命を絶ったたくさんの命があるでしょう。 私もその一人かもしれない。

話せないような悩みを自分から果敢に打ち明けて、絶望の淵にある誰かを生きさせた人。本当は正体不明な人。 やっぱり80年代の人だなあ。 その時代だから登場できたんだ。 戦前戦後しばらくは橋本治のような人には居場所がなかった。 よく生きて話してくださった。

これからは橋本治なしでも、誰もが生きやすい世の中にならなければ。 私では全く非力だ。 みんなでやるしかないな。