死んだものからの便りー米津玄師「パプリカ」
https://youtu.be/s582L3gujnw
https://youtu.be/s582L3gujnw
東日本大震災や原発事故の被害にあい、亡くなった子どもを弔う歌であるとする解釈があり、その解釈に異議はない。
もう一つ宮沢賢治の「風の又三郎」にみられるような、座敷わらしや自然と一体になった(つまりは死んで物質となった)人が、風のように、さまざまな不思議や不可解な謎を運んでくれることへの畏敬の念も感じられるのである。
災害に巻き込まれ、放射能の巨大なエネルギーに、寸断され解体される人間の物質身体、あるいは、不断にウィルスに「感染、混合」され、解体される人間の物質身体。
むしろ、世界とは死の、分解解体のエネルギーで満たされている。
人間が自然からエネルギーを搾り取るごとに、実は死の、分解解体の、脅威は増していく。
そのエネルギーに自我を解体されそうになりながら、しかし、死の世界から帰ってくる子どもは、私たちに、伝えているのではないか。
非存在の、存在として、見ようとしても見えない不思議として。
はかないからこそ、むしろ、生きている間、ちからを尽くし、人間と問題と向き合い、学び、喜び、死んでいくのであると。
それが、死んだものからの、便りであると。