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細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

政府を縛る憲法を、私たちを縛り付ける憲法にかえようとすることを改憲とは呼ばない。それは立憲主義の破壊だ。

三冊の憲法に関する本を読んだ。

そしてますます自民党による改憲は危険だと思うようになった。

それは私が護憲的な考えだからではない。

自民党改憲案の明瞭な欠点は

立憲主義を理解しない、あるいは否定していることである。

これは左翼でも右翼でも改憲派でも護憲派でも反対しなくてはいけない。

憲法は単なる「一番偉い法律」ではない。

これは私たちが国家を暴走させないようにするための最後のブレーキである。

憲法学的には国家を創設し、憲法を創設するのは「人民people」である。

人民は一人で生きていけず、互いの「万人の万人に対する闘争」を

調整するために「国家=政府」を作る。

ところが国家は法律を作って人民の権利を制限し、その権限を強大化させ、管理と制限を強めながら戦争をして破滅的な事態に至るという苦い出来事が18~20世紀に頻発した。

これは大日本帝国ナチスのような全体主義国家も、スターリンソ連も、戦後のアメリカもあまり変わらない。

つまり洋の東西思想の左右を問わず国家というものは危ない。

だから立憲主義的に憲法をもって、国家が不当に人々の権利を制限せず、むしろ人々の権利を発展するようにするのである。

そうして、社会・経済・学問・生活が発展するようにしているのだ。

 

この発想を自民党は理解していないか、故意に理解しておらず、国民の権利を制限し、国民に「家族を大事にせよ」「伝統を大事にせよ」という。それは護憲派伊藤真氏も改憲派憲法学者小林節氏も論外だといっているのである。

 

自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!

自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!

 

 

 

憲法は誰のもの?――自民党改憲案の検証 (岩波ブックレット)

憲法は誰のもの?――自民党改憲案の検証 (岩波ブックレット)

 

 

伊藤真氏が別の本で述べるように、自民党が国民の権利を制限し、義務を課することに急なのは、戦争や国家秩序の締め付け、以外にも高齢化など国家財政の負担を「家族の助け合い」など国民負担でしのごうとする狙いもあるのではないかといっている。

たしかに消費税の使い道の不明さ、GPIFによる年金運用などを見ると、政府は政府の生き残りのためには手段を選ばないようなので、伊藤氏の指摘も至当のように思えるし、自己責任原則や国家への従属を強調する自民党議員が多いことからもそれは的外れではないのではないか。

 

 次に紹介する本は辻村みよ子氏の本である。

この本は護憲派の著書であるが、世界中の憲法日本国憲法を項目ごとに比較して論じている優れものである。

もっと面白いのは自民党改憲案、改憲派の主張と、日本国憲法と世界中の憲法を比較していることである。

 この本が出た頃、安倍政権憲法96条からの改憲をおおさか維新橋下徹氏らと主張していた。

なかなか憲法改正できないから改正要件を低くしろというとんでもない主張であった。これには憲法学者総がかりで怒ったのであった。先に登場した小林節樋口陽一らもそうであるが辻村氏も憲法学者としての怒りがあふれているのである。

憲法は「硬性憲法」といって、普通の法律のように「過半数」などの賛成ではなく、わざと変えにくいように、「総議員3分の2」に加えて国民投票での過半数の賛成を加えている。これは国際的に見てそれほど厳しいわけでもなく、世界中の憲法が同じような工夫をしている。アメリカの合衆国憲法などは両院の賛成に加え、4分の3の州の賛成が必要でむしろ日本より厳しいのではないかと思えてくる。

というようなことで、手続き改憲論に乗った安倍や橋下氏らの改憲への熱意は、もっぱら手段のためには特に厳しくない改憲要件を緩和するためには国際的に厳しいといい募るようなものであった。

非常に危険なのは今夏の参院選で、改憲派が3分の2議席を獲得すれば、発議できてしまうことである。

先ほども言ったが立憲主義を解しない改憲案を堂々と掲げるような勢力の改憲は危険極まりない。あなたの思想が右でも左でも被害が及ぶのはわたしやあなたであるからだ。

この辻村氏の本は、ジェンダー法学の大家らしく、自民党改憲論でも人権保障規定の批判、さらに家族条項の批判を詳しく行っている。

自民党の家族条項は、女性の活躍とは真逆の「家族の助け合い」を強調するもので、また前文では伝統をも強調している。これが連動すれば、時代逆行的な社会になってしまうわけでこの点からの批判も、多くの方は注目すべきである。

また、国民の直接投票が、カリスマ的な支配の正当化=プロビシットにつながることも説いていて目配りがよく勉強になる。

歴史や伝統を強調する自民党改憲案全文は社会主義国の中国憲法などと意外に類似していて、普段とにかく左嫌いの自民党にとっては皮肉なことでもある。

 

最後に紹介するこの本は日本国憲法制定史の権威であり現在も研究を深めている古関氏の本である。日本国憲法が成立する過程における新説新事実満載である。

平和憲法の深層 (ちくま新書)

平和憲法の深層 (ちくま新書)

 

 

日本国憲法の制定は複雑で、鈴木安蔵氏ら憲法研究会の民間草案に、GHQ民政局は大きな影響を受けていたようである。

鈴木安蔵氏は、戦後の憲法研究者らも注目していなかったが、古関氏らの研究によって陽の目を浴びた。

宮沢俊義日本国憲法の政府草案の草稿成立に携わった研究者は微妙に、成立過程を秘めていて、そこには憲法学者の戦後の存在確立に向けたヘゲモニー争いの様相もあって、鈴木安蔵ら民権思想家や社会主義者の書いた草案は不当に閑却されていたのではないかと感じた。

また、戦後すぐは自主憲法制定、天皇制廃止と、天皇の実権はなくすが象徴として君臨しいわば立憲君主的な憲法創設と、当初の政府のように大日本帝国憲法そのままの憲法像の3者が複雑に相克していたのがわかる。

「押し付け」というのは、当然日本は戦争を仕掛け、負けた側で降伏したのだから、政府としてはアメリカから押し付けられたわけだが、それは政府側からの見方であり当時の人民大衆はどうだったのか。

一回も改正されてこなかったことを考えれば大方の支持は消極的であれあったと考えるほうが妥当なのかなと思った。

戦争世代が生きているころは、国家が暴走して戦争をしたから日本国憲法のようなものがなければ危なっかしいという形で認識されていたのではないかと思う。

それは立憲主義といえばそうで、戦後生まれで戦争した政府の側にいた祖父を持つ安倍らがその立憲主義平和憲法に違和感を抱くのは、それが安倍らが「権力者側」の見方に偏っているのではないか。

 

また押しつけというだけではなく、政府案以外に多くの民間草案が作られ、鈴木安蔵らの憲法研究会案がGHQに与えた影響ももっと知られるべきだ。

さらに古関氏が平和憲法にも、天皇の存在を維持する代わりに戦力放棄を飲ませたという政治的取引で生まれた面を指摘しているのはなかなか鋭い。

天皇の存在を維持するのは、マッカーサー国務省にいったように、天皇も軍隊も取り上げたら、国内のGHQによる変革が進まなかった面もあるからだ。

つまり厳しい変革では内乱が起きた危険性もあるということ。

しかしその一方、戦力放棄だけでなく帝国議会で9条に「国際平和」の一文が加えられた芦田修正にも日本側からの自主的な平和意思の発露という見方を示している。

また平和憲法の存在は沖縄の要塞化という辛い事実とセットであるということをさりげなく示唆し戦後平和の限界を示している。

 

といった塩梅で非常に複雑で面白い見方をたくさん盛り込まれている。

私たちはそもそもこのようにして憲法ができたか知っていたのだろうか。

その憲法がどのような位置づけにあるのか本当にわかっているのか。

私は現憲法をすごくいいものだとは思えない面もあるのだが、しかしこの70年間の戦後憲法を適切に評価し、次に欠点と良い点を仕分けしてからではないととても憲法をいじるわけにはいかないと思える。

憲法を悪くする自民党による改憲には多くの人が慎重になり、選挙では彼らに厳正な審判を多くの人が下すことを希望したいと思うのである。