細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

【断章】共謀罪が示す社会の根底からの変化について憂える

共謀罪がわずかひと月ほどで施行と聞いて、彼ら支配層のオペレーションにとってどうしても必要な法律だと明確にわかった。
私はここ数年、もう時間がないと感じ、体力をつけたり、自分の障害について取り組んできた。
私たちが古い常識に縛られている限り、翼賛せざるを得なくなる日は多分すぐ来る。

 

私は家族や障害や労働や社会について、冷笑せずに、しかし落ち着いて自分事として、見てくださいと話し、自らブログやツイートをしてきた。
私も不徹底だからいつ妥協して悪しき流れに乗らないとも保証できない。
心の中で、前代未聞の世界に毎日嘆き苦しみながら、諦めずに生きたいと思ってきた。

 

私は、若い時死ばかり考えて、でも怖くて死ねなかった。

それから生きづらさをとにかく考え、癒したいと思ってきた。
人の思いやあたたかさに触れ、自分のバカさ加減に泣き、しかしなおも、自分の考えを話さないといてもたってもいられない。
私を愛し、教えてくれた人がいるからだ。

 

若い時に、花田清輝林達夫坂口安吾などに親しみ、戦時下で、なおも思考し、感じることを手放さないように生きようとした人を読んで20年くらい前であった。
あの時ですら彼らの洞察は実感された。
しかし今や実感では済まないのである。

 

林達夫『歴史の暮方』より

「時代に取り残された人間とは、私のごときものを言うのであろう。だが、それを寂しくも心残りにも思っていない。目前に見るこんな「閉ざされた社会」なんかにもはやこだわっている気持はいっこうにないからである。

時代が大きく膨れ上ったときに垣間見せるbêtiseないしsotiseの救い難き底知れなさに衝撃した人間のこころ暗さ! それに抵抗したりそれを弾劾したりする気力も挫けてしまう。私はますます自分が犬儒的になり、つむじが曲ってゆくのをどうすることもできない。

同じく心を動かされていても、人々と私とでは精神的風土がまるで違うのだ。人なかにいると、私はふと自分が間諜のような気がして来て、居たたまれなくなって席を立ちたくなることがある。何の共感もない。まったく人とは別のことを感じ、また考えているのだから。

こうして私は時代に対して完全に真正面からの関心を喪失してしまった。私には、時代に対する発言の大部分が、正直なところ、空語、空語、空語! としてしか感受できないのである。私はたいがいの言葉が、それが美しく立派であればあるほど、信じられなくなっている。あまりに見え透いているのだ。

私はそんなものこそ有害無益な「造言蜚語」だと、心の底では確信している。救いは絶対にそんな美辞麗句からは来ないと断言してよい。

選良も信じなければ、多数者も信じない。みんなどうかしているのだ。(あるいはこちらがどうかしているのかも知れない。)こんな頼りにならぬ人間ばかりだとは思っていなかった。私のほうが正しいとか節操があるとかいうのでは断じてない。

ありのままの人間とは、だいたいそんなものかも知れないと思わぬでもない。それを愛することがどうしてもできないのだ。それと一緒になることがどうしてもできないのだ。偏狭なこの心持がますます険しくなってゆくのを、ただ手を拱いて眺めているばかりである。

私思うに、現代のような逆説的時代には、真の誠実は絶対に誠実らしさの風貌はとりえない。現代のモラリストは、事の勢い上、不可避的にイモラリストとなる。」

「生きる目標を見失うということ、見失わされるということ――これは少なくとも感じやすい人間にとってはたいへんな問題である。われわれは何のために生きているのか、生き甲斐ある世の中とはどんなものか――そんな問いを否応なしに突きつけられた人間は、しばらくは途方に暮れて一種の眩暈のうちによろめくものだ。

「よろしくやってゆける」人間は仕合せなるかなだ。だが、そんな人間のあまりにも多すぎるというそのことが、私にとってはまた何とも言えぬ苦汁を嘗めさせられる思いがして堪らなくなるのだ。」

 

                          *

 

私たちは「共謀罪」という法律の後ろにある「仲間はずれにする」仕組みと戦わねばなりません。
私たちはイジメという形で、その心理を恐怖を快楽を私たちは根強く刷り込まれ、強い側につかないとと他人を踏みしめるから。

 

共謀罪内心の自由を取り締まると。なるほど。しかしイメージが湧かない。
人間は、友達や恋人や家族や仕事仲間と話しをして仲良くなり、考えや気持ちを深め、協力し、何かを計画したり、楽しんだりします。
テロリストとそうでない人を分ける基準ないから監視して捕まえるかを警察が決めるんです。

 

共謀罪は、人間の基本的なつながり、連帯を根絶してしまう法律ではないでしょうか。
政府や企業は、自由に組織しつながられたら困るからそうした法律を求めたのでしょう。
放射能が人と人、細胞と細胞を引き裂くなら、共謀罪は人と人のつながりを断ち、政府が望む関係性しか許さなくなるのでは?

 

共謀罪が目指すのは、私たちの自由なつながりをジェノサイドして、望ましい組織、望ましい家庭、望ましい交際に押し込み、人びとをある方向に導くものかもしれない。
無数の森友や無数のレイプする人間を生み出し、それ以外を敵視させるのでしょう。

 

 

 

                                 *

 

大庭みな子「いずれにしても制度に反逆する人間は自分を認識し直した人間であり、連鎖的に同類の人間をつくり出す。-『男と女の生きる場所』」

https://twitter.com/threecrabs/status/875694285584080896

 

僕の言いたいことはこれに尽きます。
原発事故以降これは待った無しになり、共謀罪以降は、「自分を認識し直した人間」と「自分を認識し直したくない人間」との戦いになり、後者が恐怖から前者を排除する時に共謀罪が活用される恐れがあると思うのです。

 

なぜ「自分を認識し直」す理由があるかというとそうしないと生きている意味がないからそうするのであり、自ら生きる意味をつかもうと一度全てを疑い、自分を確かめるのです。
しかし、弱さから、あるいは生活から、優位性を手放したくないなどから「自分を認識し直し」たくない人もいます。

 

あなたが左派にいようが、リベラルだろうが、右翼だろうが、保守だろうが、「自分を認識し直し」たくないなら、もはやジ・エンドだと思うのです。
安倍晋三が漢字をかけないとかバカにするのは知的障害者不法滞在者や野宿者を差別しているからです。
この国の差別をなぞったら安倍は倒れません。

 

この国には、地位による差別、友達がいないものへの差別、結婚しないものへの差別、就職しないものへの差別、字を書いたり読んだりできないものへの差別、精神機能に不調があるものへの差別などが莫大に存在します。
これらの人びとを憐れんだり支援したりだけでも差別から逃れられない。

それどころか、差別されている者を支援する自分は、「多数派よりマシな自分」というものも、立派な差別です。多数派なんて本当はありませんし、マイノリティの仲間であるだけで上から目線になられても困ります。
「貴重な経験をさせていただいた」式の考えも微妙だと思います。本当はどう思ってるのかわからない。

 

私は知的障害者の支援者になれ、理解できていることがあたかも優位であるかのように錯覚することがありました。
しかし本来知的障害者が参加できない社会があるから、私が理解する人間として位置づけれるわけで、それは全然ベストではないのです。

 

このような話は共謀罪と強く関係しています。

共謀罪はもはや、単に狭義の賛成反対の問題だけでなく、むしろあなたがどの位置から話しているか、どのようなレッテルで思考しているかによって、取り込まれる度合いが変わるということが言いたいわけです。

また、法律なので、本人がどう心がけても、体制から強制力が働いて、人々を分断し排除する道具になるのです。

社会が根本的な差別的な価値観を軸に人々を互いに疎隔し、無理解に、孤立させていることが、人々を無力化し支配者の支配をたやすくしていることを私たちは一番考えねばなりません。

原子力発電や放射能汚染、共謀罪はそれがラディカルにあらわれると考えています。

いじめる側に立って、黙っていれば当面は楽ですが、体制全体が凶暴化し、みなさんが人殺しに加担させられる度合いは大きくなり、あるいは自分も命を捧げよと言われるかもしれません。

増えていく原子力発電の廃棄物、先細る社会保障、オリンピックによる社会的排除ナショナリズム

どこかの段階で、生き血を誰しもが捧げさせられるのでしょう。

命を捧げることは日本国憲法は是とはしません。

ゆえに憲法を改正してしまいたいわけです。

 

 

話を戻します。

 

差別を前提として自らを理解者、同伴者、必要な人間と位置づけるなら、自分が差別に加担してると思わなければ、その役割に嘘ができてしまう。そんな人が福祉にはたくさんいて、福祉の変革を遠ざけています。残念ながら、左派やリベラルにそんな人がたくさんいます。

 

私は自分が差別を担ってしか業務を遂行するしかないと気づいた時は、私が虐待サバイバーの恋人を理解できていない時と同時でしたから、私は矛盾だらけの仕事をする胆力もなく、また自分は本当には人の痛みをわかってないとも思いまして、精神的に破綻しやり直しをしなければならなくなりました。

 

私もまた弱く、寂しく、生きづらいだけの人間として、生きている意味を考えよう、詩を書いて、弱音を吐いて生きようと思いました。
それから13年は経ちます。
私が「自分を認識し直」す旅の途中にいて、感じたことをみなさんに伝え、新たに学ぶのが私の政治であり表現であり学びです。

 

自分の恋愛が破綻したこと、自分が仕事を受け付けない身体だと気づいてしまったこと、重い精神疾患を患うほどの偏りやつらさがあること、その結果、自分の心とカラダ、ぞくする社会を新たに「認識し直す」ように強いられたのです。
しかし認識し直し始めてから私は幸せになったと思っています。

 

 

このように差別を拒否するには心身ぐるみでの変化をともない、認識を根底から変える必要があるでしょう。

私はこのことを、私の友達や仲間に特に呼びかけたいのです。
みなさん、本当に聴いてますか。

今日お会いした若い友達には少しこのことが話せました。

 

私がこれを完全にできたわけでなく、答えもないのだからこれは終わりなき過程です。

あなたの不幸もまた自分を認識し直さないことから来るのかもしれませんよ。
エスブッダも自分を認識し直そうとした人だと私は思いますよ。

自分を認識し直す過程において、自分のあり方、社会との距離、関係を問い直すわけです。

自分の前提を問うと、認識も行為も当たり前には始まらず、必ず異質なものとの出会いによって、自分が新しくなることを伴います。

人は、変わらない部分を含みながらも、その変わらないということさえも、他者との出会いや、自分の想定しないものとの葛藤なしには認識できないのです。

 

その意味で共謀罪原発事故は人々の認識や開放性を試す事態です。

 

                           *

 

私は警察も嫌いだし、怖いし、演説してて、怒鳴られたりするのも嫌だ。もともといじめられっ子だし。
でもそんな恐怖感よりさらに、社会の自由が壊されるのが嫌だからしんどくても街頭に立っている。
しかし本当はもっと若くて体力のある人も参加してほしい。

 

いじめる側に立てば、なんとかなると考える人が多すぎるが、どうせ権力からいつか見捨てられ、人殺しに加担させられる。

でなくても、労働、消費、性は、自分を殺すか、他人を殺すかをジワジワ選ばされている現状。
世界一生きにくい資本主義国日本なのだ。

 

 

 

 

 

福島地元紙「除染土壌の安全な再利用は管理が必要な土壌の減量につながる。しかし、住民が受け入れるには、何より「安全」について納得できることが重要」と報じる。しかし除染土壌が安全とはとても思えない。

以下リンク先引用。非常に危うい論旨に感じました。

福島民報は除染土壌再生利用の国策を批判しないのでしょうか。

 

【除染土再利用試験】納得できる環境整備を(6月10日)

http://minpo.newsmart.jp/sp/news_etc/2017/06/post-62869.php

「 環境省は昨年4月、「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略」を策定した。その後、再生資材化した除去土壌の安全な利用に係る基本的考え方をとりまとめた。県内の除染土壌などを再生資材化し、関係者の理解・信頼を得ながら、安全な利用を段階的に進めるという考え方だ。
 背景に中間貯蔵施設に搬入される汚染土壌と廃棄物の総量が最大で約2200万立方メートルに上るとする推計がある。東京ドーム約18個分の量だ。そのまま全量処分することは県外に最終処分場を確保する観点からも難しい。中間貯蔵施設で管理する除染土壌の容量を少しでも減らす必要が指摘されていた。
 現在行われている試験は、仮置き場の大型土のう袋約1000袋を開封し、大きな異物を取り除く。ふるいでさらに異物を除去した後、放射性濃度が3000ベクレル以下のものを分別する。品質調整し資材化した土壌を基盤とし、その上は放射線を遮るために一般の土砂で覆う。7月までに高さ約5メートルの盛り土を完成させる。一定期間、周辺の放射線量を測り、風雨の影響なども調べる。
 実証試験などを経て除去土壌を再生資材として活用できるようになれば、長期間にわたって基本的にそのままの状態が保たれる盛り土などの構造基盤に限定して使用する方針だ。具体的には土砂やアスファルトをかぶせる鉄道や道路、コンクリートで固める防潮堤防、植栽で覆う海岸防災林などを想定している。
 ただ、土やコンクリートで覆うとしても、万が一、大災害に見舞われて崩壊した場合の安全性などを不安視する向きはあるだろう。「安心」を疑問視する住民の反発も予想される。一方で、避難指示が解除されても、土のう袋が田畑などに山積みされたままでは復興・再生への妨げになっているとの声は多い。
 除染土壌の安全な再利用は管理が必要な土壌の減量につながる。しかし、住民が受け入れるには、何より「安全」について納得できることが重要だろう。着実に実証試験を行うとともに、成果を共有する環境整備にも力を入れるべきだ。(関根英樹)」

 

確かに帰還困難区域、避難指示解除区域など、だけでなく、汚染重点調査地域を含め、関東東北にはおびただしい除染土壌が数年で劣化しうるフレコンに入れられ、山積みです。

それを粘土を混ぜて遠心分離したり、薬剤をかけたり、焼いてみたりして、放射性物質を分離するというのですが、100パーセント除去できそうに思えませんし、除去してもフィルターや処理残渣や廃水に残るわけで、またその処理が難題です。

そのような技術的疑問について、なぜ記事に書かないかよくわかりません。

山積みの廃棄物を何とかしてあげたいという親切心だと好意的に解釈しても、仮にフレコンをよそに移しても本当に帰還したりできるか、何の心配もなく汚染された地域に住めないのではないかという疑問があります。

福島県の新聞だから書きにくいのはわかりますが、県民が放射性物質にさらされている現実をマスコミは伝えて欲しいと思います。

さらに除染土壌を他の自治体が受け入れる前提になっていますが、汚染を引き起こした東京電力が引き受けるべきと思います。

なぜそう書かれないのかも疑問です。

汚染物質はまず汚染者が責任を負うべきです。

そのような原則が放射能汚染下の日本ではなし崩しです。

除染土壌の再利用は減容よりも汚染者の責任を隠し、目に見える汚染の現実を隠すだけではないかと思います。

そのために放射能安全神話が作られては、それは原発安全神話と何が違うのか私にはわかりません。マスコミはしっかり向き合い、事故が2度と起きず、人々を被ばくから守るべく、政府に汚染拡散ではなく、防護政策に転換するよう求めるべきです。

 

さらに8000ベクレル以下の放射能汚染廃棄物についても、稲わらなど、農家に保管されています。

8000ベクレル以下のものを指定を解除し、一般ゴミとして処理する方針を国は出しており、宮城県は全県的に焼却処理の話が出ており、焼却処理に反対する自治体も、堆肥にしたり、田畑に漉き込むと言っています。

何のために除染したのかわかりません。

 

 

また、関東東北には学校などの敷地内にひっそり残っている汚染廃棄物や、汚染が取り除かれず注意喚起もない場所もまだまだあるでしょう。

これでなぜブロックされコントロールされたと豪語して政府はオリンピックまでやるのか。

オリンピックをして、世界にも放射能安全神話を広めようとしているのでしょうか。

しかし、ロクに汚染影響の調査が行われてません。

 

さらにこんな記事もあります。

放射能汚染廃棄物の中間貯蔵事業会社には大量の官僚OBが天下りしているようです。

 

東京新聞:汚染土「中間貯蔵会社」が官僚19人受け入れ 「16年終了」を延命:政治(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201704/CK2017042402000128.html
‪「元経済産業省官僚の古賀茂明氏は取材に「環境省職員だからといってPCB処理や中間貯蔵のプロというわけではない。OBや出向者を二十人近くも在籍させる必要があるのか疑問だ」‬

 

東日本大震災:福島第1原発事故 中間貯蔵事業社長、政府が再任を了承 - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20170607/ddm/013/040/038000c

 

さらに環境省は10万ベクレル以上の廃棄物を焼却処理する施設を作ろうとしています。

 

環境省/中間貯蔵・減容化施設の性能要件案/処理容量は日量200トン
日刊建設工業新聞社- 2017/05/25

http://www.decn.co.jp/?p=91622

環境省は25日、福島第1原発事故で福島県内に飛散した放射性物質の除染廃棄物を最終処分するまで保管する中間貯蔵施設(福島県双葉町大熊町両工区)の建設計画で、年内に双葉町工区で着工する可燃性除染廃棄物の「減容化施設」の性能要件案をまとめた。焼却過程で出る灰やばいじんの処理も含めた施設の処理容量は1日当たり200トン程度を想定していることを明らかにした。」

 

清水建設/中間貯蔵施設向け除去土壌改質材開発
日刊建設工業新聞社 (会員登録) - 2017/05/30

http://www.decn.co.jp/?p=91745

 

放射能汚染土壌なので、改質と言っても、放射能は消えない。

 

環境省や業界ぐるみで、原理的には消えない放射能を消せるかのように、大金をかけようとしているのではないでしょうか、私は心配です。

放射能を無視し、見えないようにして本当に復興と云えるのでしょうか。

 

 

 

 

 

【詩作品】不思議に驚いているだけ

夢を見ていた

歩いていた

あなた

 

僕のことをわからなくていい

わからないから始められる

わからないところからしか

始められない

 

  陽射しが強い

  風はこんなに涼しく

  岩はこんなに大きいのに

 

父は悪くなかったんだと

僕も思います

そして

僕はたくさんのことが

わからなくて

混乱し

困惑し

泣いていたのです

今でも

そんな気持ちによく襲われます

それは

もっとも強い感情です

 

  誰しもがひとりなのだ

  大空を鳥が鳴いて

  すべてがあからさまだ

  何も隠されてはいない

 

僕のこれは

運命なのですね

苦しいけど

誰しもが歩む人生を

ひときわゆっくりと一つ一つ

歩いているにすぎないのです

 

ゆっくりだから

なんでこんなに

ゆっくりなのか

 

しかしその人生は

難しくはない

当たり前の人生なのだ

 

  あなたと同じ生きものです

  僕は

  僕だって邪魔されたくないし

  ワガママだし

  自分の話ばかりするし

  ほっておいてほしいし

  1人は辛いし

 

同じです

多分同じです

光り輝く鉢があり

中を泳ぐ魚です

僕らが丸い目を

いっそう

丸くするように

魚だって

この世の不思議に

驚いてるだけ

かもしれない

 

正直に不思議だと

言いたくて

それが

数珠みたいにつながれば

どこかへ

僕らは必ずゆける

日本なう

‪人権を守らない、守れという人を非難する、情報公開をしない、むしろさっさと捨てたり隠したりする、自分に都合の悪い法律は守らない、自分に都合の良い法律を作る、市民の権利を保障しない、政府の権限を最大化する、野党を非難して、政権の不手際は認めない‬

‪日本なう‬

【詩作品】夏に近づく山で確かめていた

みどりの葉が繊細に

光と連なりあって

夏に近づく空を

涼しくかざっている

 

苔むした岩に不思議な小さな葉が

びっしり寄り集まっている

 

川が深くえぐれ

この地表の長い歴史を

語りかけている

 

こんなに大きな岩が川を下っている

何万年あとに海に至るのか

 

行き止まりに天から降るきらめきが

人びとの命をぬらしている

僕は口を開けて

きらめきを受ける

 

こんなところに

来て

どうしてきたの

と思うけれど

確かめにきた

光とみどりと

意志を確かめにきた

一般人は適用されるとかされないとか共謀罪の議論があるが、法律に一般人などという概念があるように思えない。議論全体が変ではないか。

法律に一般人なんて概念があるはずもなく、定義もないわけだから、準備や共謀の定義がはっきりしてないことと合わさって、法律の適用範囲を無限に拡大できるはずだが、自民や公明や維新の法曹出身の議員は、法律が読めないか、支持者含め全員を騙そうとしているか。おそらく後者。

行列のなんとか事務所とか、弁護士出身の単なる扇動家などを支持するうち、「一般人」の法律理解はたぶん崩壊したのだろう。

「一般人」なんて定義が法律にないからには、法の下の平等により誰も法律の適用を免れない。
また適用する法律は300弱、準備や共謀の適用範囲もあやふや。
政府が捜査逮捕する人間を勝手に指定する自由度はMAX。

政府の自由を最大化すれば市民の自由は最小化と歴史で習ったのだが。

日本の刑事司法は中世並みと国連は指摘したので、今回当たり前の法治国家では考え難い立法に、国連特別報告者は警告を出した。
しかし官房長官はあんなのは国連ではなく個人の意見だからと一蹴。
しかし国連特別報告者は国連の当該委員会より各国への調査権、勧告権を与えられており官房長官説明は嘘。

左翼は逮捕されるが、右翼はだいじょうぶという人がいて、そりゃあ右翼団体でも法適用は免れません、お目こぼしをもらうには、翼賛団体になり密告に協力したり仲間を売って許しを請い、戦争になればみんな死にますねというと、とりあえず理解していただいたようだ。

日本人をだますのはチョロいと、保守政治家と官僚は考えているだろう。
全市民が恐怖と保身と無関心から、政府に翼賛し、少しずつひどい体制を受け入れると見抜いている。
戦争も公害も原発事故も責任を国はとらず、市民はみんな黙ってくださるのだから保守政治家と官僚は楽であろう

【強行採決反対!】共謀罪=テロ等準備罪は、テロ対策に必要なく、国際条約批准とは関係がない。政府の説明、大臣説明は矛盾だらけで監視と冤罪の不安払拭できず。今国会での成立をやめ、廃案に。

共謀罪=テロ等準備罪は実はパレルモ条約批准には必要ない。なぜなら、そもそもパレルモ条約自体がテロを対象にしていないからだ。
あたかも条約批准には共謀罪=テロ等準備罪を必要だと言った安倍総理や政府与党は、私たちをだまして採決しようとしているようだ。

あまりにもひどくないだろうか。

 

国際的なテロ対策のためには、共謀罪=テロ等準備罪が必要
➡︎嘘。そもそもパレルモ条約はテロとは関係ない。

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オリンピック開催に共謀罪=テロ等準備罪が必要
➡︎従来の刑法で対応でき必要ないし警察の市民監視が強まる。

一般市民は共謀罪=テロ等準備罪が適用されない
➡︎嘘。される懸念は否定できず。

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‪ 

報ステ】テロ対策か?“共謀罪”とパレルモ条約 

https://t.co/67GiEfIYmM?amp=1
「日本は、国連の主要なテロ対策条約13本についてもすでに批准、法整備まで完了している。パッサス教授は「テロなどの犯罪に対して、現在の法体系で対応できないものは見当たらない」」

 

監視社会と堂々と示して「共謀罪」審議を 荻上チキさん:朝日新聞
https://t.co/pz0yODEKjg?amp=1
「後付けの理由がどんどん増えています。テロ対策と言えば、多くの国民は仕方ないと判断するかもしれませんが、元の共謀罪と変わらない。まさに替え玉立法」

東京新聞:テロ準備罪に「テロ」表記なし 「共謀罪」創設の改正案を全文入手:社会(TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201702/CK2017022802000125.html

 

そもそもテロ対策に必須ではないのですから、政府の説明は初めから嘘と言わねばなりません。

嘘をついてまで、法案を成立させる。しかも害のない法案ではなく、十分な審議もありません。

 

共謀罪=テロ等準備罪の疑問

①いつからどのような場合に捜査が始まるかわからない。警察が政府の意向を忖度して政府に反対する勢力をしらみつぶしに捜査した場合、冤罪や監視が横行する危険大。

 

Web東奥・時論/一般人も無縁ではない/「共謀罪」と監視 

http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/20170513025076.asp
「昨年6月、参院選公示の直前に警察が野党の支援団体が入る建物の敷地に隠しカメラを設置」
「今回の法案が成立すれば、こうした監視が「捜査のため」という理屈で押し通される」

 

Listening:<「共謀罪」法案>審議大詰め 「一般人」解釈巡り攻防 - 毎日新聞 

https://mainichi.jp/articles/20170516/org/00m/010/005000c
「「一般人」の範囲を巡るやり取りの背景には、捜査機関の信頼性をどう見るかという問題が横たわる」

 

②犯罪の構成要件が、犯罪の既遂未遂以前の、犯罪の準備行為からさらに遡り合意や話し合いにまで適用され、政府に批判的な発言をした場合にすぐ捜査や監視となれば、市民社会の生活の自由が侵害される。

 

東京新聞:共謀罪「合意だけで捜査可能」 準備行為前でも嫌疑
http://amp.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201705/CK2017051302000126.html

f:id:ishikawa-kz:20170517141002j:image
「政府は「犯罪に合意しただけでは強制捜査や処罰はできない。合意に加えて準備行為がないと犯罪は成立しない」と強調してきたが、合意しただけの段階で任意捜査が始まることを認めた」

 

共謀罪」審議 強引に押し通すつもりか

https://www.nishinippon.co.jp/sp/nnp/syasetu/article/328653/

#西日本新聞
「「ビールと弁当を持っていれば花見で、地図と双眼鏡ならテロの下見」と説明した。

 こんな曖昧なことで犯罪が成立するとしたら恐ろしい。やはり監視を強めて市民の内心や思想を捜査」

 

共謀罪」告発、一般人は捜査対象外? 野党が追及:朝日新聞

http://www.asahi.com/articles/ASK584GTZK58UTFK009.html
「「一般人は刑事告発をされても捜査の対象にならない」との見解を示した。「一般人は捜査の対象外」と強調する政府見解に合わせるあまり、捜査実務と矛盾した答弁を続ける金田氏」

告発されたら捜査が始まります。

大臣の説明が破たんしています。

 

③①②のように、歯止めがない上に、テロを規定するのは政府や捜査側であり、政府や捜査側で勝手に犯罪の範囲を決めたり、さらに準備や合意の段階まで捜査が及ぶなら物証がない分自白を強要したり、無実の人が巻き込まれる危険がある。

 

暴力団対処の論法が一般人にも 「共謀罪」で溝口敦さん:朝日新聞デジタル 

http://www.asahi.com/articles/ASK5G4J5QK5GULZU001.html
「犯罪を計画段階で取り締まる共謀罪では、客観的な証拠が乏しくなる。内心を恣意(しい)的に推し量って捜査したり、裁判所がそれを追認したりすることになりかねない。」

 

さらに182もの未審議が。

 

民進「182の論点、未解決」 「共謀罪」法案:朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/DA3S12940839.html
「「未解決の論点」として、一般人が対象になるか▽対象犯罪は適正か▽犯罪の計画と準備行為の関係は▽共謀罪は必要か――など、182の論点を示し、審議の継続を求めた」

 

 

 

上記のような疑問があり、大臣の説明が成立していません。今国会での成立を見送り一度廃案にすべきです。