細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

【詩作品】かならずあると

魂に雨が降り 血を流す アジアの果て 濡れた路面から 湧きあがる香りに 変わることをおそれるなと 呼びかけられる

固い顔をして歩く 弱さを感じている うまくいかないことが あってもいい 残暑の中を泳ぐ ひとを分け隔てる 不機嫌な群れ

今日も明日も終末の手前で あれば 何をしても等価 しなくても等価 に見えるが 本当にそうか 鳥や虫の声を聴けば ちがうという

私たちは きわめて小さなものに 過ぎないが それもまた 宇宙を 動かすのだ 私たちの羽音に 意味はある 必ず と

右傾化と同化圧力に脅威を感じる感覚マイノリティのひとり言

最近天皇ナショナリズムネオリベラリズムにあまり免疫ない人が増えてる気がしています。 そのまま深めずに反安倍や反差別を一生懸命やっていて、天皇と安倍が対立してるとか、天皇がいい人とか、愛国とか売国とか思っちゃうのかもしれない。 それはナショナリズムが与えた錯覚なんだよ、歴史的にそう考えたらまずいよと指摘しても、なかなか理解してもらえない。 味方の邪魔をするなみたいな話になる。 全然違う。

そのカラクリを理解しないと世の中を良くするスタートに立てない。それに自覚のないまま何を主張しても資本や国家の側が、回収してしまうだろう。

野党各党にも良い点悪い点があり、それを加味して支持不支持を決めていくが、ナショナリズム天皇制に肯定的になったり、批判が弱まると支持も難しくなる。 そうして支持できないところが増える。

しかし私のように頑固な人よりもっと野党を気軽に応援する人を野党は求めているのかもしれない。

説教ジジイみたいに思われてむなしくて。 だってうるさいこと言ってるみたいになる。 皆さん自分でナショナリズム天皇制の危険に気がついてくれたら私が指摘するまでもないのだが。

なぜ私がそう思うかというと、私は感覚的なマイノリティだから、世の中がナショナリズムや同化を目指すようになると、あっと言う間に弾かれて生きていけなくなるという恐怖感がある。

小さい頃から、人と気づくポイントが違い、危険などには早くアラームがなる。

小さい時からこだわりや感覚過敏が強くて、これはおかしいと思って悩んでいるといじめられていた。

要はあなたは変だとか考えすぎてキモいと言われるのだ。親にだって言われたことあるんです。それは本当に辛いことです。 友達や親と言った愛する人に理解されなかった経験は深い傷になります。 私が他人を理解できなかったこともあり、それは申し訳ない限りなんですが、そうして、お互いに理解できないんだなと暗い気持ちになると深い穴に吸い込まれそうになる感じがして、辛いのです。

発達障害者や精神障害者は、アンテナが非常に敏感な人が多いから、苦しむんです。 周りが無自覚に振舞うことに危機を感じるからです。

だから今もむしろ孤立感が強い。 さみしいです。 とてもさみしい。

ナショナリズム天皇制に多数が寄って行ってこの国は一度も良いことがない。 戦前がそうです。

私は平和が大事だから。 心が平和になるために、時に社会の危機に対処せねば、平和は保てない。 だから説教くさくなるんです。 自分でも嫌です。 でも今この国は明らかに危機だから。 私が青年の時に政治思想史の勉強をしたりおじいちゃんの戦争体験談を聞いたりしたから、確かに感じる感覚です。

自分の国を愛する、守るという発想でアジアを侵略した日本は、ナショナリズム天皇制によって、多くのアジアの人々を苦しめ、破滅しかけたこと、それを歴史に学ぶべきだと思います。

【詩作品】本当に理解できない

宇宙が生まれてから 恐ろしく時間がたったが まだ物は運動し 反応しつづけている

私たちの言葉や行為は そのかすかなコダマに すぎないのだとしても この罪深き手を ゆっくりと組むのだ

誰も一番ではないのに 王がいて 誰の許しもなく 奪う 小さな 小さな ごう慢が 幾千万のいのちを破壊していた

まだ本当は昨日のことなのだ あの人を殺したのは あの人が倒れたのは

その記憶を確かめようと 声を枯らして 嘆願しても しれっとした 声で 「繰り返しません」

それは誰の決意であり 誰が担うのかわからない

誰しもが神の子だと考え得るのに 誰しもが宇宙の星くずの子なのに

あなただけが 神の末裔を名乗る その理由が 本当に理解できない

【詩作品】否定する力なんてないのだ

とおのいて 自分のまちがいに 気づかなくて たたずんで ゆうぐれから 暗やみに変わり 不安です

私たちの 内なる太陽は むせきにんですので この世界を あつい夏として 燃やしつくします

いくつもの ライトが 近づいては遠ざかります ぴりぴり として 指が痛いのです

風が吹く晩になり 家に入ります 入る家があるだけよいのですが 家にいれば いるだけ 不満も生まれてくるのです

まるはだかで 生きることはできないか そう考えているうちは まるはだかで ありません

否定してはならないのだ あるものは あるものだ いつか必ず変わるのだし 消えるとは 別のものに なりかわるのだから

私たちは 否定できない 否定する力なんて ないのだ

朝日新聞ネット版号外(23:57)「「改憲勢力」が参院で3分の2の議席を維持できず」

改憲勢力大敗と言ってよいのでは。

号外:自公両党と日本維新の会などの「改憲勢力」が参院で3分の2の議席を維持できず (23:57)

【参院選】自民党は改選66議席を下回ることが確実。非改選議席を含めた単独過半数も失った。(共同通信)

統計や公文書を改ざんし、政権を維持しようと躍起になっていた自民党参院選に敗北した。

さすがに改ざんはダメだとその民意は示されたのであろう。

「自民、改選議席割れが確実に 2019/7/21 22:58 (JST)7/22 00:03 (JST)updated ©一般社団法人共同通信社

自民党は改選66議席を下回ることが確実となった。非改選議席を含めた単独過半数も維持できなかった。」 https://this.kiji.is/525673468946121825

自公政権は、来たる国政選挙まで安全運転を強いられる。

有志連合へのホルムズ海峡への自衛隊派遣や憲法改正、やめていただきたいものです。

しかし、雇用や経済政策、年金や障害者福祉に関する統計改ざんは今後に禍根を残します。

安倍政権を維持したい向きが必死に庇って、財界、日米軍事同盟や原発、核の維持を願ってこうなってるんでしょうが、確実に人間が住めない社会になりつつあるのです。

私としては、安倍政権の背後にある日米軍事同盟、天皇制、搾取的な世界経済体制を解体変革しなければと思っています。

参院選投開票日目前にマーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』読了

マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』(堀之内出版)を読み終えた。

著者は2017年に自殺してしまったようなのだが、この著書は、おそらく、絶望することをまず説いているのだと思う。

資本主義しかないようにみえる、「この道しかない」ようにみえる、人間世界の末路に、あらゆる楽観を断ち切られ、その透徹した目で世界を見つめ直して見ること。

実際にイギリス継続教育カレッジという現場で、教師として日々の事務にカフカのように忙殺され、若者の姿を目の当たりにしながら。

認識を徹底させることによって、資本主義しかないようにみえるこの世界の構造を解読し、その構造を別の可能性へと解きほぐしていく。

資本主義、それが人々を取り巻く生殺与奪の仕組みと観取し、そのほつれを構造的に読み替え組み替え、変革を目指すことを目指している。

システムの非人称的なあり方、作動を取りも直さず、一人ひとり生身の人間が負っていることの過酷を浮き彫りにしながら。 絶えずカフカの顔のない迷宮的なシステムが参照される。

資本主義は、より自己責任的で、社会主義よりはるかにスターリニズム的な官僚制を社会に張り巡らせたとフィッシャーは述べる。 確かに、隅々に商品とサービスを供給し、管理コストを縮小しようとする資本主義システムは、微細なデジタルな管理システムを張り巡らせる。 個々人は絶えず「自己管理」「自己評価」によって、自らの心身を自己責任的な監視の牢獄の中に置かねばならない。

このようなシステムには、顔がなく、名前がない、非人称的なシステムなのだ。

フィッシャーが示唆するように、このようなシステムは、増大する精神疾患と、環境破壊により、解体を迫られる。 フィッシャーはここに突破口があるとみているようだ。 顔と名前がない資本のシステムの作動が人々と自然環境を追い詰めている主犯なのだ。 これではやっていけないとはっきり認識しなければならない。 私はこの本に認識と構造把握の力、可能性をみる。 変革の実践には、構造が生み出す因果の、正確な把握が必要なのだ。 構造が生み出す因果の正確な把握こそが、左派の、マルクス的な、可能性だったのだから。

私は日本には、これに加えて、天皇制という構造が重なっていると思う。 天皇制は隠微な差別とマジョリティの同調圧力として、あらわれ、弱肉強食の資本主義の優生思想を大変見えにくい形で補完している。 天皇制は見かけソフトにあらわれるため、資本主義の構造を補完する役割が見えにくい。それが罠なのだ。

資本主義、天皇制、いずれも責任主体を明確化しないおそるべき煙幕作用を持っている点で共通している。

シニシズムではなく、厳しく現状を捉えた場合、参院選の結果がどのようであれ、強固な政権の背後にある、資本主義リアリズムと天皇制の作用はなかなか衰えないにちがいない。 もちろん政権による文書や統計の改ざんは許さないという姿勢は必要だ。 しかしこのあらゆるところに、恣意的な力と腐敗が見られる社会で、政権の悪ですら民衆は「取り立てて珍しくないもの」と見る懸念すら私は感じている。 選挙の前後を貫通して存在する私たちの内なる政治風土が変わらなければ。 そのためには資本主義リアリズムと天皇制の作用を正確に認識することが必要だ。 天皇制が安倍政権と対立するように錯覚している時点で、因果把握が転倒してしまっているように思える。 安倍政権は、アメリカの世界支配、財界と多国籍巨大企業の世界経済支配、天皇制の維持を使命に権力を得ているのだから。