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細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

【詩作品】世界の終わりを見たくない

熱が出て苦しい

愛という文字を書く

書いてみて呆然とする

世界中は愛で出来ているかもしれない

なのに

私たちは任意のAやBにしか

愛を感じられない

それも忘れたり思い出したりして

任意のAやBを超えてしまう

 

若い時口づけをして

さみしさは埋まらなかった

もっと欲しいという感情しかなかった

口づけをすれば

するほど息は苦しく重くなった

 

ホンモノの愛には量がないと学び

次にすぐわかったのは

愛をホンモノとニセモノに区別する

手段なんてないということだ

また愛は誰かの、誰のための

ものではない

だから恋人たちは時に喧嘩し

また別れまた結びつくのである

 

なにより愛というときに

私には

この愛しかない

空を見ると

呑気に雲と飛行機が浮かんでいる

このままこの世界が終ってほしくない

君に会えればいいな

そう胸が疼くとき

世界の終わりを見たくない

もはやこの世界は終わっているとしても

と思う

【詩作品】さみしさの連なる果て

両親がいて

あたたかい家だったが

私はなぜかさみしかった

 

求めてはならぬと

なぜか考えていた

求めたら傷つき壊れるから

求められずに立ちすくんでいた

求めたら

ルールを突き破り

私は汚れ罰せられるとすら

思いこんでいた

 

小学校の時には寝ていたら枕が

涙で濡れてしまった

表現の仕方がわからないので

あふれるしかなかった

独特な人だった

砂場をじっと見ていた

漢字の形が面白かった

 

ひとと深くつながれなかった

思春期には

私はガンで20歳で死ぬと思っていた

むくむくと他人に裸でまじわりたい気持ちだけ

あふれて

その気持ちが大きくなり

怖かった

欲望や血や肉と生きるのが怖かった

私は透明だと考えて

いたからだ

 

しかし

20歳を越えて

生きのびた私には

もはや何の目標もなかった

金もうけも

旅も恋愛も

わからないままどんどん歳を取り

ついにはなぜ働くのかまでも

わからないことが

わかり

脳が冬の荒野に散乱した

 

そんな私が

はじめて

ひとと交わった時

私は自分が人間なんだと

驚いた

肉と血の生き物である

あなたには大人の男の匂いがしないと

言われたこともある

 

しかしそれから何年たっても

生きていることがよくわからない

わからないから

しばしば爆発し

ただ恥だけが増えていくようだ

それでも

愛され、あたたかい涙と

切ない笑いに包まれたいと

フラフラと歩いている

 

私と同じ切なさを

感じたら

そこに真実があると

錯覚してしまう

 

真実は

流れの中にあり

最後の姿を見せない

あなたの気持ちや悲しみにも

私が確かにつかめるものはない

しかし

確かにつかめるものはないから

確かにつかめなくても

強く感じとるから

そのことを

誰に伝えていいのかすら

わからない

 

 

【詩作品】青い衣の勇者が金色の野に降り立つお話を真剣に見ていた子どもが世界の終わりを見るとき

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本気なんだってことを

他人にわかってもらいたくて

言葉を重ねてうるさくなり

声が大きくなったり

小さくなりすぎたり

やり過ぎたり

遠慮し過ぎたり

本気であることは

恥ずかしいものだ

 

本気で違うと思うから

真剣に怒っていたり

本気でそうだと思うから

しみじみと伝えたり

本気で苦しいから

息がつらくなり

本気で深呼吸し

本気で疲れている

 

そのように限度がわからない私です

本気で大切なものを

力を入れすぎて壊してしまったり

本気で探していたら

行方不明になったり

本気で笑ったら

怒られたり

本気ってなんですかと言われ

本気は本気ですと

説明になってなかったり

 

そのように本気であることは

恥ずかしいのだから

だから

本気でないふりをした

クールに振る舞うふりをして

YESを逆にNOと言ってみて

苦しく

苦しくなった

 

苦しくなってみて

思った

これは

本気なんだって

例え

理解されなくて

例え

容認しがたくても

これは本気だ

 

本気本気と並べてみたけど

本気に空が明るくなり

本気に風がふいている

本気に放射性物質

崩壊し続け

本気に私たちは

虫の血に染められた

青い衣の勇者が

金色の野に降り立つのを

待つだろう

その映画を見たとき

私は世界が本気で変わると信じていた

 

本気で

風に乗って

本気な子どもで

途方にくれた子どもで

 

それは世界が

本気で壊れ始めたからかも

しれない

 

のうのうと寝そべる私の

数百キロ先で

おびただしい核燃料のクズが

形を失っている

 

おびただしい核の血は

おびただしい核の悲鳴は

かつて誇り高き民のいた地を

透明に

流れ続けてあふれ

命の耳がふさがれる

 

これは本当なのか

本気で疑い

本気で思う

本当に生きていけるのか

私たちは

 

 

 

 

 

【詩作品】壊れた王国のために作られたテーマ

いつも秘密だ

とっくにネタバレしてるけど

いつも秘密だよ

秘密だけど

明るい話だよ

手を伸ばせばすぐに

見つかるような

小さな夢の小箱だ

中にさみしさがあふれているかも

しれないよ

腹わたが煮えくりかえるよ

4月は寂しい季節だ

私はどこへも行かない

何にも入らない

不穏な国の

不穏な未来

何とか生きて

あなたに会いたいものだが

風が吹き

何もかもが斜めの雨にさらされ

その切り立った崖を

見上げている

 

あなたに会いにきた

馬がいなないて

草笛が

悲しみを吹き飛ばす

こんな王国に

壊れた王国に

あなたが風を使って

あたたかい涙を

流しているなんて

【詩作品】きみから見える星を教えてよ

朝が来て

朝が来ないでほしくて

 

きみを焦がれて

きみを憎んで

きみを探して

 

ぶつかったいつもの限界

はっきりしない

はっきりしているのかすら

わからない

結論は出ない

いま何時かすら

わからない

 

余裕がない

前屈をする

腹を太ももに近づけ

静かに沈んで行く

 

朝が来て

朝が来ないで

 

きみがぼくを探しているなら

ぼくはあの星へ行く

地下鉄の駅から上がった

さびしい路地裏さ

 

生きのびよう

生きていよう

何とかなるさ

どうにもならないよ

 

元気かな

元気ならいいけど

わからないことばかりだ

 

わかることを埋めて行くしかないな

次の瞬間

その次の瞬間

うまくつながらないよ

ただ埋まって息がしにくいよ

 

星を探して

焦がれて星を

星を探す夜に

きみから見える星を

教えてよ

 

【詩作品】先のない文明の讃歌を

道があり

道の向こう側に草むらがあり

その向こうの空に

月が浮かんでいます

 

これは文明の最後の場所

君と始まる場所

 

恐らく誰も知らない

知る必要もない

 

なぜなら誰もが

すぐに見ることになるから

なぜなら

すぐに火に包まれるかも

しれないから

 

山の水も海の水も

もう生き物を育まない

板塀から

草や木が突き出す

こんなに早く

ここがこんなになるなんて

 

それでも

私たちは

何にもなかったように

笑い合い歌い合い

先のない文明の讃歌を歌う

 

もはや私は何のためにも生きていない

だからはじめて自分のために歌える

それを伝え会おう

君と

海と

山と

大地と

【ヨガ体験】死んだフリのまなざし

まっすぐに静かな

優しい空虚の中で

と書いてみて

少し考える

 

ヨガのポーズにシャバ・アーサナという

ポーズがある

手を軽く広げ、足を広げて寝る死者のポーズだ

目や顔が大地に溶けて沈んでいく

死者のポーズをやるうちに

頭の中に人の姿が浮かぶようになった

その人は

暗闇から降りてきて

私の顔の横に立ったり

同じように寝転がり

しばらくすると

飛び立っていった

 

そのことが気になって、ヨガもやっている

ヒーラーに聞いたら

それはその人物が私にメッセージを伝えようと

しているのだと言った

ある時ヨガの先生にそう伝えると

先生は「ヒーラーの方はそういうかもしれませんね」と言い

私は「もっと内的なイメージなんかなあ」と

呟くと

先生は「いや、メッセージかもしれない」

と話した

 

私は何のメッセージかもわからないし

そもそも私のもとに来ているのは誰なのか

話して意味があるかもわからないので

置いておく

それは単なるイメージだったりするだけなのだが

私ははっきり人の顔が頭に浮かばない方

だから

不思議な感じがしている

 

私は欲望とか肉体には混乱する方である

むしろ欲望とか肉体があることに

困惑しているかもしれない

しかし40にもなり

もはや人間としての業は

認識しなければならない

体をよく知らないと病んでしまう

体はイメージであり同時に実在だ

人間は、様々な人に支えられているから

シャバ・アーサナをして

死者の位置に立つことで

生きている私が誰に何につながり

支えられているのかみえるのかもしれない

 

私の体をよく認識すること

その私を見ている誰かがいること

それは死者となって

体の力を抜くことでなし得るのだ

人に会っても

私が朗らかな死者のように

構えずに人といられるようになるために

私は静かに寝転んで

今日も死んだふりをするのだ