細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

高槻の母に電話して地震の状況を知る。あしたてんかん専門医初診。

あしたてんかん専門医を受診する報告に、高槻の母に電話。

こないだの地震から今もガスは復旧ならず。 あと数日で開通するはず。 お湯はカセットボンベで沸かしている。 バケツに温めたお湯を溜め、体を拭いたりしている。

地震の時、阪神大震災の経験をしていた近所の若い母親は、手が震えておびえており、手を握って励ますと怖いと涙を流していたとのこと。

近所では大被害はなく。 ただ知りうる限りでは下田部一丁目で古い家屋が火災。 淀川の堤防そばの「二十(はたち)」のバス停から坂を降りた箇所でガス管破裂があったとのこと。

母の電話から聞いた地震の報告ここまで。

私自身はあしたてんかん専門医の初診です。 私の主治医にいろいろ相談しましたら、てんかんでも意識を失わないタイプの単純部分発作の疑いがあるので、一度専門医に診てもらいましょうと紹介状を、書いてくださったのです。

実は10歳の頃から、なんとも言い難い気持ちの悪さ、頭痛、意識がもうろうとする状態を年に数回から半年に数回経験してきました。

主治医によると、うちでも抗てんかん薬は出せるが、一度専門医に診てもらいましょうと。 脳波がはっきり出ないこともあり、全てがはっきりすると期待しすぎないでください。 明確な診断がつくかわからないし、似たタイプのてんかんではない病気の可能性もあります。 焦らずじっくり取り組む一歩になればいいですねとのこと。

焦らず、固くならず、やってきます。

【詩作品】シンプリファイ、ジャスティファイ、ノーティフィケーション

はりつめて

街のうすぐらさを

感じていた

何もしたくなかった

まだまだ私は

私自身を

わざとらしいと感じるけど

歩いていた

看板の汚れとか

シャッターから漏れる光とか 日々

崩れゆく命が

この町であり

この私だと

アーケードは

産まれた時に見た

この世界の

手ざわり

強い光の向こうにみえる

優しい布の繊維や

木目の湿った感じや

ただ少しひんやりとして

私がなぐさめられてよいのやら

しかし何を付け加えられる

わけではない

すべて

風に削られる結晶や

朽ちていく鉄である

光が落ちて

橙になるころ

朽ちていく鉄に

帰れない時間を

匂った

生き始めたときに

死に始めている

匂いは

私のうぶ毛からもする

タイルははめ込まれ

血は流れ

書かれない物語を

たゆたわせている

小銭がもうなくて

この町の母に伝える

キャッシャーが

光で

商品の信号を読み取る

この町に来て

はじめて

買ったものや

はじめて入った

コンビニを

覚えている

生きていけるかって

生きるって

そんなに難しい?

難しくないの?

息をしたり

血が流れているから

ただ

だけど

からだは知らぬ間に

老いてゆき

放射性崩壊は続いてくから

だれの肌の中にも

何をしても

何を話しても

私は

影になる

間に

あなたと

話していることの意味を

緑の川の水

曇ってくるしい

どうして

どうして

行ってしまうのかな

どうして

感じる息を

ここに

いてる

なぜかわからない

来た

書き表せないほど

様々なことがあったよ

それはシンプルだ

たぶん

ついに無謀は極まった「除染土、農地造成に再利用 環境省方針」ー政府の無責任が根底にあるのではないか?

汚染土の再利用に突き進む環境省はついに、せっかく除染した土を農地の造成に使うと、、 花を植えるそうです、、 中間貯蔵や最終処分が困難なので、なるべくばら撒いてしまおうということなんでしょうか。 これも安倍政権下の大問題だと思います。

除染土、農地造成に再利用 環境省方針、食用作物除く:科学・環境:福島民友新聞社 みんゆうNet http://www.minyu-net.com/newspack/KD2018060101002593.php 「 環境省は1日、東京電力福島第1原発事故に伴う除染で生じた土を、園芸作物などを植える農地の造成にも再利用する方針を決めた。除染土の再利用に関する基本方針に、新たな用途先として追加した。食用作物の農地は想定していない。

 工事中の作業員や周辺住民の被ばく線量が年間1ミリシーベルト以下になるよう、除染土1キログラムに含まれる放射性セシウム濃度を制限。くぼ地をならす作業に1年間継続して関わる場合は除染土1キログラム当たり5千ベクレル以下、1年のうち半年なら8千ベクレル以下とした。除染土は、最終的に厚さ50センチ以上の別の土で覆い、そこに花などを植える。」

それにしても、以前から主張しているのですが、除染というのはなんだったんでしょうか? 汚染があるから取り除いたわけです。 しかし取り除いたものの、保管したり捨てたりは、反対にあいます。 中間貯蔵施設は、なかなか土地の買取が進みません。 国の姿勢が故郷を奪われた人々の反感を買っているのです。 国は反対にあうことがわからなかったのでしょうか? 原発を推進して、汚染が出ても処理を考えていなかった。事故後急場しのぎで作った汚染対処特措法で、8000ベクレルまで基準を緩め、燃やそうとしたがあちこちで反対が起きる。

中間貯蔵施設は、30年後に県外に出すと、福島県と約束した。そうしないと作れないから。PCB処理が難航した時に作ったJESCOにまたもや、まかせる法律を作った。 しかし汚染廃棄物は青森県六ケ所村と同じく県外に引き受ける自治体はないと思われる。

では、と国は「処分量を減らすために公共事業に使う」と言い出した。 除染したものを、道路の地下に、堤防の中に、さらに花を植える農地に使うと。

政府の、放射能汚染対策は、除染の段階から無理が指摘され、避難や被ばく対策を進めよという批判があった。 除染は作業員の被ばくを伴う。 しかし莫大な税金を使って、除染を行い、杜撰で、労基法違反の頻発する事業に成り果てた。

しかし政府は、放射能汚染をなんとかするために、事業をしたのではないようにみえる。 とりあえずやったという既成事実を作るためではないのか? なぜ私がそう考えるかというと、結局国が除染した廃棄物を再利用すると言い出したからだ。 とにかく取り除けと言われたから取り除いただけで、本当に本気でどう処理するか考えてはいなかった。

除染したものを再び、一般環境に放り出す。想像を絶する暴挙だ。

放射能汚染廃棄物を無害化する技術はないから、開き直った国は再び土に還しますと。 廃棄物ではなかったのか? 本当に「放射能循環型社会」が構築されようとしている懸念は強まった。

とにかく復興と言わないと、東電に払う公費は際限なく積み重なり、放射能汚染が絶望的だとわかると、怒りが爆発して原発を推進できなくなるので、とりあえずやったふりをし続け、被害自治体に対して体面を保とうとしただけではないか。私はそう慨嘆せざるをえない。

よく汚染廃棄物の受け入れを断るとNIMBYだと言われる。 しかし、実は、被害地元に向き合って、国や東電が真摯に償いをしながら、汚染を管理する施設を作ろうとしたわけではない。 東電は賠償を切ろうとしている。 国は訴訟で事故を防げなかった責任を認めない。 そのような姿勢の国や東電が、住民や市民と話し合いができるはずがない。

事故の廃棄物だけでなく、使用済み核燃料最終処分のNUMOも、報酬を出してサクラを動員した説明会が発覚した。 国会では政府が総理の疑惑を回避するために文書を改ざんし、忘れたふりをし続ける。

この社会は責任を取らず何でも進めることが問題だ。 ドイツはナチスの暴挙を謝罪し償い、忘れないようにしている。 チェルノブイリ被災国では、住民を被ばくから守るチェルノブイリ法が作られ、今でも存在している。

日本政府は、責任を感じなければ、この社会を壊してしまうだろう。

朝日新聞田井中雅人記者による「核に縛られた日本」の講演を受講

5月27日日曜日は中之島フェスティバルタワーにある朝日カルチャーセンターで行われた、朝日新聞田井中雅人記者による「核に縛られた日本」の講演を受講してきました。

私自身の印象に残ったことや感想を書きます。田井中記者のお仕事について正確な情報を得たい方は記事や著作をご自身の目でお確かめください。

田井中記者の核被害者のインタビューは注目していました。 一度お話を聞いてみようと。

お話は核兵器禁止条約をめぐる情勢です。 田井中記者の話は明解です。

ICANのサーロ節子さんのノーベル賞演説から「核は必要悪ではなく、絶対悪」という言葉を引用します。

絶対悪とは、被ばく者が放射能汚染や被ばくによって命が苦しめられ続けるんだということ。サーロさんは被ばく者として演説で語りました。 しかし、「広島長崎」という言葉はノーベル平和賞の受賞理由に入ってないんです。 むろんノーベル財団も最大の核大国アメリカを刺激したくないからです。

かくしてアメリカをはじめとした「核は必要悪」勢力の問題が明らかになります。彼らは自分たちの核保有を「必要悪」と正当化してます。

必要悪勢力である米英仏(中国は棄権してます。ロシアは核禁条約反対です。中ロは米英仏とは距離を置いてます)は、NATO諸国にアメリカの兵器を配備し、睨みを利かし、アフリカは英仏が旧宗主国で、今も経済的に強い力を持っているなどの理由で、睨みを利かし、核兵器禁止条約の世界的な批准を阻んでいます。

じゃあ日本はどうなのか? 日本は、アメリカに原爆を投下された世界初の国ですが、アメリカを非難せず同盟国となり、アメリカの原発技術を買って、原発開発を続けてきました。 実は日本政府はずっと潜在的な核保有能力の維持をしたいのです。 岸元総理も安倍総理も小型核の保有を合憲と答弁しています。 そのため、核兵器禁止条約に反対しました。 しかも、反対した日本政府の大使はアメリカの大使に肩を抱かれ、仲良く話す写真があります。 そんな日本政府が「核保有国」と「非核保有国」の橋渡しをしたいと河野外相が述べたそうです。

しかし田井中さんによれば、核兵器禁止条約推進のブラジルは、日本政府の橋渡し提言は「Not Welcome」だとはっきり述べたそうです。

アメリカの核保有を批判できず、さらに核保有の野心を捨てない日本政府だから、橋渡しなんかできないと、はっきり認識されてるらしいのです。

私は会場で、発言してみました。 日本はアメリカの核の傘から出て原発をやめてプルトニウムを放棄しないといけないと。

さらに、国内や韓国さらに世界中に原爆被ばく者がいるが、日本政府は、彼らの被ばく影響をアメリカ政府とともに否定してきた。 原爆症を認める、被ばく影響を認める。 ということを日本はすべき。 世界初の核兵器使用被ばく者の被害をいまだ認めないでは、核も原発もやめる一歩は踏めないと言いました。

これはいま追記ですが、被爆者は、閃光を浴び、爆風に飛ばされ、怪我をし、焼けくすぶる広島や長崎の町をさまよいました。そして、友人や家族が、血を吐き、死んでいくのをみた人も何人もいます。証言の類は本やネットでみなさん読んでみてください。

彼らは核爆発で放出された放射能に汚染された大地(きのこ雲の傘の最大直径は20キロといいます)に怪我などをしながら寝転び、降下物を含んだ雨に打たれ、煙や土埃を吸い、川から水を飲み、ということをせざるを得ず、というのは一瞬にして市内の家や建物は吹き飛ばされてしまったからですが、それ故に内部被ばくしました。そんな経験のあと、彼らは、体調を崩し、悩んで来ました。(すでに1950年代には於保源作氏が、広島市役所の住民データから、統計学的に癌死の増加を割り出しています。彼は地元の民間の医師で、国やABCCの研究者ではありません。しかしこれは早期に被ばく被害を明らかにした歴史的な成果とされています。「被爆10年前後で被爆者のがん死亡率が高いことを突き止めたのは、内科医の於保源作(おほ・げんさく)さんでした。戦後、疎開先から広島に戻り、全焼を免れた自宅で内科医院を再開。街にあふれる被爆者の診察を始めました。その過程で被爆者に白血病胃がんなどで亡くなる患者が多いのに気付き、1951~1955年に広島市が受け付けた死亡診断書11,400枚をチェック。被爆者のがん死が全国の平均を上回っていることを統計的に突き止め、1956年に医学専門誌に発表しました。」http://www.hiroshimapeacemedia.jp/abom/97abom/peace/06/bakugeki.htm) また直接原爆の爆風を浴びていなくても、黒い雨を浴びた人、数日以内に、家族の捜索、ケガ人の救助、瓦礫の処理、遺体の運搬と焼却などに、市内に入って被ばくした人もいます。 体内被曝者もいます。 それぞれ被ばく者手帳の対象です。

そんな経験を積み重ねて、いわば、未知の被ばくを経験した人びとを、科学者や官僚は、被ばくの影響はないんだと。

サーロ節子さんが被ばくというとき、こんな歴史があるのです。

田井中さんもアメリカの被ばく者に取材した話などしておられました。 被ばくの事実を知りたいという強い情熱を感じました。もっと時間があればたくさん聞けたかもしれません。

大変勉強になりました。ありがとうございます。

加計理事長と安倍総理の面会疑惑、詰め路に入ってきたのでは?ー民主主義の基礎を確かめる

対話調にします。

A「総理!愛媛県文書の加計理事長との面会は事実ですよね?」

総理「記録を見たけどないです」

A「記録って即日で廃棄されるのでは?」

総理「(ぐぬぬ)理事長に会った記憶がありません。現に首相動静にもない!」

B「首相動静に書いてない会談もある。証拠にならないのでは?」

総理「(詰んだ)」

というようなことだと思うけどね。いつになれば総理はお認めになりますか。

なんで総理が面会してない証拠を出せないだけで詰め路に入るんだと疑問の方もいるでしょう。

まず前提として、特に公選職特に議員や大臣は、人びとの付託を受け、税金で仕事をしてますから、「疑わしきは罰せず」は適用されません。 「山崎 雅弘 @mas__yamazaki 森友・加計問題で「不正の証拠が見つからないから不正はなかった」とか「不正があったことを立証する責任はあったと主張する側にある」「違法だという証拠がないのに騒ぐメディアがおかしい」等の、一見もっともらしい安倍首相擁護のミスリード(誤導)にだまされないよう、問題の構図を図にしてみた。 午後0:31 · 2018年5月23日」

https://mobile.twitter.com/mas__yamazaki/status/999130689172783106

議員は不逮捕特権もありますよね。 だから疑わしい場合は、ちゃんと国会などから客観的なチェックを受けねばなりません。 国会質疑や証人喚問はそのような場面です。 場当たりのウソをついたり、文書を改ざんして行ったらそのプロセスは機能せず、民主主義は崩壊します。 今やその危機にあります。

次に公文書の記録は大切で、それをしない政権に比べ、愛媛県は普通に記録しているから証拠能力は高いという話。 愛媛県の文書が作成された3年前には加計学園疑惑で総理が追及されると誰も知りません。 ですから、愛媛県職員には、総理について嘘を書いておとしめようというインセンティブは生まれ得ません。 また、加計学園獣医学部設置については、愛媛県は望んでますから、それを推進してくれる総理は当時は愛媛県が望む人です。

愛媛県が今文書を出したのは、単に愛媛県職員の記録や記憶がウソだと政権から非難されていますから、ならば出そうという話です。 愛媛県だってここまで悪い印象がついた政権や加計学園に従って追及されたくはありませんし。

行政の仕組みがわからない人は、なんで記録やメモを役人が取るかわからない人もいるでしょう。 それは、学んでいただかないと困ります。 行政は税金で運営されています。 行政のあらゆる事務事業つまり仕事は、税金で行われています。

また行政は法律に基づき仕事をするので、行政手続きに違法性や瑕疵があれば、大問題。責任の所在を明らかにするためにも、記録して、決裁します。

ゆえに、行政がやった仕事については、メモが取られ、事務や事業のプロセスは記録され、報告書類にされ、各部門や上司からの印鑑をもらい、残されます。 これを文書主義と言います。

私のような単なる市民が団体で役所に陳情に行ったり、電話をかけたりしても、大事な内容については、簡単なメモを役人が取ったりしています。 市民団体の交渉について、議事録を作成したりもします。

文書に記録して残すというのは、日本では奈良時代から行われています。 奈良時代にも行政にはなんらかのルールがあり、天皇や貴族に報告し、裁可をもらうとか天皇や貴族の仕事を後に伝えるために、文書が作られていたのでしょう。

近代にはマックスウェーバーが官僚制を合法性の支配の類型として描きました。 「合法的支配 ごうほうてきしはい legale Herrschaft

M.ウェーバーがあげた支配の3類型のうちの1つ。依法的支配ともいう。形式的に正しい手続で定められた法規に従って命令権が行使され,またその合法性のゆえに法規を遵守することが要請される支配と服従の関係のこと。したがって,命令者も服従者もともに形式的かつ抽象的な規範によって拘束され,個人的動機や感情的影響の作用を受けることなく,相互に目的合理的な行動をとるように客観的に期待しうるような関係でなければならない。その最も典型的なのがウェーバーのいう官僚制的支配である。 」 https://kotobank.jp/word/合法的支配-63170

ですから愛媛県がしたことが当たり前で、愛媛県の記録を国会で検証すれば、すぐに疑惑の真相が確かめられるのではないか。愛媛県の記録が無謬かどうかは私はわかりませんが、何の客観的な証拠も提示せず忘れたばかりいう安倍総理や総理の秘書官たちには基本的に信頼できません。 官邸の入館記録がないとか、日報がないとかいう政府が変なのです。

愛媛県が偉いのでもありません。 愛媛県や前川前事務次官の話は官僚制の常識です。 「かばさわ洋平 @ykabasawa 何も改ざんする必要ないので…

安倍首相に鋭く突き刺さる言葉です。 埋め込み 午後9:47 · 2018年5月22日」 https://twitter.com/ykabasawa/status/998908321166835712?s=20

ゆえに、官僚制の常識から逸脱する安倍政権は、官僚と政治家が、法的民主的なチェックを逃れるために、文書を隠したり、全黒塗りにしたり、改ざんしたりしています。

最近も廃棄したはずの、森友学園の交渉記録を財務省が提出しました。 そこには安倍昭恵氏の関与をうかがわせる発言や秘書とのやりとりが記録されています。 これについても安倍総理は関与を否定していますが、野党議員は疑いを強めています。

玉木雄一郎 @tamakiyuichiro 4,000ページの資料からいくつか事実が明らかになってきた。例えば、2015年11月の谷査恵子氏による財務省理財局への問い合わせは、谷氏が独断でやったものではなく、あくまで籠池氏から昭恵夫人に対して賃料の減額要望があったことを受けて行われたもの。そして、結果として月額の負担額は半額になる。 午後4:58 · 2018年5月23日 」 https://mobile.twitter.com/tamakiyuichiro/status/999197770660462592

実は敗戦直後も占領軍に追及されないために、政府関係者は文書を焼きました。 また、天皇の戦争責任や歴代の戦前からの自民党の総理の戦争責任もはっきり追及されていません。

肝心な責任を追及しないこの社会のあり方を改めるべきではないでしょうか?

権力者は強大な力を持ち人びとに命令したり運命を左右します。

いくらいい人が支配しても、チェックがなければ権力は腐敗します。 ましてや百戦錬磨の安倍総理や麻生大臣なんです。 チェックは厳しくしないと、皆さんの老後や今の暮らしは危険にさらされますよ。

繰り返しますが情報公開、適正な手続きという民主制の根幹が脅かされています。 これを放置したら、政府の間違いをチェックできず、政治家はなんでもできてしまいます。 私たちの命や税金が脅かされるところまで行く危機だという認識を持ってほしい。

【詩作品】空を見てる空を見てる見てる

ある日 昼日中の静かな下町から 空を見た

疲れた私の目は 空を見て、なにか抜かれたように 楽になるのを感じた

空は無限だから 私の方向のあちらこちらに 散らばった苛立ちや 欲望や思いを 吸収するうつわがあるのだ

私はそれほどに 中年の身体に 始末の悪い ワガママや 生煮えな思いを蔵している

白い糸のような観念は おり重なり連なり 複雑な無限に解体されていく

そのあと単なる買い物する人に なるのだ

空のあの青とあちらの白っぽい青と どれだけの種類の青があるやら しかしこの青は瞬間瞬間に 少しずつ濃さを変えて いつの間にか夕方になるのだろう

これまで いろいろあって やっと今がある と思うが いや この瞬間が すごいんだぜとも思う

素晴らしきこの世界と この商店街は 歌う

日曜日だからか 何曜日だっけと スマホをみて 日曜日だったと 確かめる

あの人は 今日は楽しく話してくれたが と思い 呪われた私は 明日他人を悲しく させるだろうと なぜか気がふさぐ

そんな思いに負けてられるか と 青空を見ようと また急いで商店街を 歩く ゆっくり歩いたらいいじゃないか

呪われた私なぞ どっから出てきた観念なんだよ

記憶に振り回されちゃ いけない むろん 何からでも 学べるけど 私は 私を耐えず傷つけちゃいけない

いや大切にする仕方がわからない 笑いかけてあげて どうやって? あなたは誰?

空に飛行機が飛んで 暑いとか うるさいとか いろいろなことが思い浮かぶ

空は実は魔であるのだろうか

また空を見てる 空を見てる 見てる

朝韓首脳が板門店で握手。日本は、明治以降続いてきたアジア全体への傲慢なメンタリティを改めるしか道はない。

朝鮮民主主義人民共和国大韓民国は、今日、自らの力で、強いられた65年間の分断を乗り越える第一歩を踏み出した。 この瞬間を目にできてよかった。素晴らしい。 この先は、困難が待ち受けているかもしれないが、世界の多くの人びとの平和への意志が加わるならあるいは、道は開けるかもしれない。 それはまだ誰にもわからない。

しかし私たち日本人に祝す資格があるのか、私は自問する。

日本の旧帝国的な侵略メンタリティ。それは朝鮮半島差別をうみだした。 その朝韓の人々は自らの力で、和平を成し遂げつつある。 日本人が蔑んだ人々が、粘り強く力強く風雪に耐え、和平を実現しつつあるということ。 日本人の差別的メンタリティはやはり間違いであった。

歴史的に、偏見を是正するべくせまられているのは、もちろん私を含めて日本人なのだ。

率直に敬意を表するとともに、単なる反省ではなく、むしろ私たちの馬鹿げた偏見の霧を、朝韓の人々の力が吹き飛ばしたのかもしれない。

千年以上に渡り、朝鮮半島からの文明を学び、日本は国を作ったのだから、中国や朝鮮半島の文化がなければ現在日本という国は存在しなかっただろう。

民間ベースでは、中世も近世も、朝鮮半島と交流があったわけで、明治以降の日本が薄情なむなしい背伸びをしていただけなのだ。 脱亜論という名の差別。

背伸びをしても、人を叩いても、何も良くならない。 日本は明治以前も朝鮮侵略の歴史がある。その悪しき歴史が本格的な差別的侵略政策として、開花してしまったのは、明治。

日本こそが、これまでの、明治以降のやり方を改めなければならないときなのだと思う。 左右とか保革というレベルではない。

日本の、歴史的な意識のあり方の全体が問われているのだ。

私たちは、本当の対等、本当の尊重を学ぶために、学び直さねばならない。

もし日本の政府が拉致問題の解決を望むならば、つまり彼らに人道を求めるならば、私たちもまた人道を尊ぶことを丁寧に示す必要があるだろう。

これは交換条件などの話をしているのではない。 朝鮮半島をはじめ、アジアの平和に対して、日本の排外主義的な態度はすでに脅威になっている。 日本が北東アジア全体の和平を望み、これまでのやり方を変える、その参加者として真摯に向き合うという姿勢があってはじめて、アジア全体の日本に対する警戒感は解除される可能性が出てくる。 つまり拉致問題の対話プロセスが始まるのだ。 拉致問題は誰も良いことだとは思っていないが、日本の対中対朝に対する敵対的なかたくなな姿勢が解決を阻んでいる恐れが高い。

日本はそれくらい暴走している。 孤立しはじめている。 日本は、歴史の絡まった糸を自分から解いていく必要があるのだ。 これはへりくだることではなく、やっと朝韓と対等な位置に立つということだ。 それくらい日本は他のアジア諸国の取り組みに遅れ、アメリカとの関係だけを見てきてしまった。

朝鮮半島の非核化は、おそらくアメリカをはじめとした超大国に対する核廃絶要求につながる可能性もある。 そのとき、在日米軍基地を置きアメリカの核の傘にある日本が態度変更をせまられるかもしれない。 つまりアメリカの軍事力に頼らず、自前で、アジア諸国との関係を友交関係にしていくことが必要になる。 これはずっと問われていたことなのだ。