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細々と彫りつける

Concering poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

「ちょっと知ってる?大阪のこれから2」密かに府市の統合、民営化は進んでいる!とびっくり

本日、大阪を知り・考える市民の会主催の「ちょっと知ってる?大阪のこれから2」に行きました。

私たちは都構想を住民投票で破り橋下市長を退陣においこみました!
しかしそれから、まだ大阪維新は都構想の再住民投票をねらってます。それは論外でしょうという話。

しかしそれだけではなかった!

実は水道、バス、地下鉄の民営化、府市の環科研と公衛研の統合、府市の市工研と産技研の統合、市大府大統合、住吉市民病院の統廃合、府市の港湾管理の一元化など、民営化と府市の統合の嵐です!

都構想が別口にバラ売りで、密かに府市の統合、民営化の準備が進んでいるらしい。。

 

それで、大阪市議会では9月27日の委員会、10月4日の本会議が山場なので、学習会が開かれました。

市バス民営化の立命館大学土肥名誉教授のお話。実は市民、特に交通弱者の暮らしに市バスは欠かせない、また、市民が利用する公共サービスを結び合わせるのがバスなどの公営交通インフラであり、これは不採算を嫌う民間には難しい、是非公営の交通サービスを維持発展すべき、それによって自治体は活性化するというお話でした。

つまり民営化すればバラ色の未来ではなく、むしろ今は公営化の方が新しいという話かもしれない。

 

住吉市民病院では、ソーシャルワーカーをされている方が、住吉市民病院に駆け込んでくる未受診飛び込み妊産婦さんのお話をされていました。飛び込み妊産婦さんたちはけしてワガママでそうなっているのではなく、医療費が払えないほど貧しいとか、保険証さえ持っていない、虐待などで家出して住民登録していない、海外から来ていて医療アクセスが困難であるなど、みなさん苦しんでいる女性が病院に来ることができず、ギリギリになって、やむなく飛び込みで来るそうです。
そのような女性たちはお金がない他に、地縁がなく、家族の助けもなく、制度の手も届いていない、どれか、あるいはその2つ、3つを抱えていると。
住吉市民病院の統廃合以前に大阪市はこのような貧困が広がっており、それこそが市民と行政が取り組むべき課題、公共サービスの役割では?と力説されていました。

最後は環科研公衛研まもれネットワークのお話。
維新は統合によって機能が高まるというが、統合すると逆に機能が弱まったり、あるいは今のままでも機能を高めることはできると。
ゆえに統合ありきで話を進める維新の案はよくないと。

 

公衆衛生とか環境の研究所って、生活に遠く見えますが、大気、水、土、食品、疫病の調査のエキスパート。れっきとした市民の財産。また、府市の研究所それぞれの大切な役割があり、くっつければ2倍になるような単純な話ではないとは素人の私も思います。


また、統合一元化するための目的や中身も議論されておらず、移転先の北中道区の地元住民にも何の話もなく移転先を決めたため、北中道区の地域からも移転に反対する陳情書が提出されています。
北中道区の地域エゴではなく、北中道区は公衆衛生研究所のP3という病原菌研究所をすでに受け入れていたのに、いきなり統合独法が来るとはとお怒りなのです。

とにかくいずれも大切な話で、それぞれ地域に必要な事業サービスだというお話を聞けました。
そのような当事者や研究者の声がありながら、なぜ府市の統合や民営化が進むのだろうと。

私はまだこれらの件は不勉強ですが、本当に府市の統合や民営化が必要なのか、なぜ慎重に関係者の声を聞きながら大阪府市は、両議会は議論を進めないのか?

 

さらにあるべき自治体サービスの議論より都構想が別口で進んでしまっているのではないか?パッケージではなく別々の顔をして、徐々に公共サービスが府市民の手から離れていってるのか?と、疑問符でため息。やるせないきもち。

 

昨年の都構想騒ぎで大変疲れましたがまだまだ大阪の混乱は続いてるみたい。
みなさん注視したほうがよいかも!?

 

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平松元市長

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市営地下鉄の真田丸ポスター

【詩作品】告白にはカヲガナイ

結局夜は来て

また朝日がのぼるんです

それでも胸騒ぎがする

生きているからだろうか

 

生きているからだろうか

生きていてもかまわないのだろうか

 

許可を得ることではない

自由にすればいい

自由にするのって苦手なんだけど

 

自由が一番大切かもしれない

 

 

いつもさみしいです

何を求めているのか

わからないんです

行き当たりばったりで

小石やビー玉を落としたんです

手のひらが

しっかり握りしめてないからですね

 

握りしめていないですよ

何も握りしめてないですよ

 

しかし

あなたは生きているじゃないですか

そしてなにやら

大層な御託並べてんじゃないすかね

 

これが、ですか

僕は大層なんですか

これを話して

誰に届きますか

そもそも届いた時

僕は同じ話をしているとは限りません

だからどんな顔していいか

わからない

つまり合わせる顔がない

それが僕の困惑のもとだ

 

だから 

あなたに保証できません

一貫性を

僕はいつも上の空だから

 

あなたが上の空なのは

つまりヒマなんでしょうか

 

ヒマというのでしょうか

子どもみたいに

時間を見失っているんじゃないか

だけど

そんなに若くなくて

ミットモナイデス

だから

アワセルカヲガナイ

 

カヲガナイ

カヲガナイ

 

カヲガナイのですよ

それが

 

 

朝日新聞デジタル「原発事故の避難者は「難民」 」の記事に驚く。

やっとメディアで「難民」と。ずっと思ってた。
朝日新聞原発事故の避難者は「難民」 -福島-地域
http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW20160920071560002.html
「難民状態は解消されていない。なのに東京電力の精神的賠償は2018年には打ち切られ、その他の賠償なども今後の見通しが示されません」

 

ゆえに国連人権理のグローバー勧告や自由権規約委の勧告が出てます。
自由権規約委員会福島県の避難指示区域への帰還に反対し、またグローバー勧告は、東電を免責せず、住民を放射能汚染から適切にまもるよう強く勧告しています。

長有紀枝『入門 人間の安全保障』の中でも、福島第一事故の放射能汚染からの避難者の境遇は「世界の難民問題の次元で捉えても前例のない異常な事態」と書いています。

私はこのような理解から発言してきたわけで、多くの矮小化された見方にはっきり言って呆れています。

 

以下重要。国連難民高等弁務官事務所ページより
「また、紛争などによって住み慣れた家を追われたが、国内にとどまっているかあるいは国境を越えずに避難生活を送っている「国内避難民」も近年増加している。」
http://www.unhcr.or.jp/html/ref-unhcr/refugee/

 

 

平田オリザ氏の記事からの発言をさらに引用します。

「日本の歴史上、ここまでまとまった数の日本人が難民化したことはありませんでした。福島で避難した人を日本人初の「難民」と捉えるべきです。少なくとも国連難民高等弁務官事務所などが国際水準とする難民への保護措置と同等の措置を避難者に講じるべきです。

 ●支援期間延長を

 福島で何か足りないか。支援期間の延長と、自立するための支援、子どもへのケアや教育の強化が求められます。

 ひとたび難民化すると簡単には元の居住地に戻れません。政府は避難指示を次々と解除していますが戻る人は少ない。難民状態は解消されていない。なのに東京電力の精神的賠償は2018年には打ち切られ、その他の賠償なども今後の見通しが示されません。

 指示解除後も被曝線量は事故前に戻っていません。不安の感じ方には個人差があり、それは尊重されるべきです。不安を感じて元の居住地に戻らない難民状態の人がいる限り、賠償や補償は続けるべきです。20年でも30年でも。

 帰還した人にも同じ賠償や補償を続けるべきです。でなければコミュニティー内に新たな格差と分断が生じてしまう。今でも賠償金などの格差で県民同士の仲がズタズタになっています。

 避難先や帰還先で生活の糧を得る方法を見つけるのは、今は個人の努力任せです。しかし年齢や経験、職種によっては自立が難しい。個人の状況に応じてきめ細かに、就職先を仲介したり必要な技術を身につける訓練を受ける機会を設けたり、自立に向けた支援を強化するべきです。」

http://www.asahi.com/area/fukushima/articles/MTW20160920071560002.html

 

平田オリザ氏の発言は、帰還する人にも避難者にも支援をという原発事故子ども被災者支援法にも則っています。

しかし2点さらに注文があります。

避難指示区域を指定解除することには、国連自由権規約委員会は反対しています。

私も安全面から慎重であるべきと思っています。なぜなら事故前の被曝限度は年間1ミリシーベルトであり、日本政府の基準は20ミリシーベルトで、あまりにも緩すぎて、問題があるように思われます。

希望者は帰還するとしても20ミリシーベルトの決定過程を検証してほしい。

万人に妥当する基準かなお疑問符が付くと思われます。

 

また、平田オリザ氏の記事では、避難指示区域以外からの避難者への言及がありません。

彼らは制度外にされ、避難指示区域からの避難よりも、さらに援助がないまま過ごしてきました。

20ミリシーベルトの基準が妥当かと問うならば、年間1ミリシーベルト以下にすべきという国連人権理のグローバー勧告もある。

むしろ、東北関東から避難している広域避難者、あるいは居住者への医療的支援なども必要になるのではないと思います。

5年間で約10兆円の公的資金東電に流れ込んでいますが、この半分を仮に原発被災者支援金としたなら相当なことができたはずだし、今からでもすべきと思います。

そのためには日本の原子力発電産業や経済界の根本的な変革が必要です。

しかし事故の責任は取るべきだと思います。

居直って事故がなかったことにするのは極めて問題で日本経済が形だけ生き延びても人は暮らしにくい社会になり、モラルは低下します。

実際そうなりつつあります。

これではいけません。

【詩作品】ありゃあせん

むなしい

無情

あんた笑うな

痛みなんてないかと思っていたら

あぶら汗が夜の闇に溶けて

再び朝帰ってくる

 

私の心はどこかへわすれていた

感じないなら感じないで

よかったのに

命だからか、忘れ物だからか

落し物だからか

憑きものだからか

 

長い雨が降っています

悪くないことではないんでしょうか

存在しない青春が私を思い出す

若い男と女が幸せそうに

笑う

私が何をしてきたか

いろんな人が記憶の底から

立ち上る

煙る雨のように

悪いのか悪くないのか

私はそもそもなんだったのか

わからないまま

古いお話として

もはやしまい込む棚もありゃあせん

 

階段を駆け上がる

 

21世紀にも階段はある

さみしい階段である

壁には鳥や馬の絵が描かれ

私は行くところがない

賑やかなそんなさみしさです

【詩作品】ちっぽけで永遠だ

生きてるだけでありがたいと

思いなさいなんて

親から言われた覚えはない

そんなあからさまな話はされたことない

だけど命が大事と思ってる

それはなぜなのか

命があまりにも儚いからか

君の笑顔や寝起きに見た美しい空も

いつか消えるからか

生きてることにしがみついている

ああ、なんでこんなに切なく

バカみたい私のこの思い

本当に大事なものなんてないのかもしれない

でもおそわれるのが

こんなに大事なんだという気持ちの

発作

 

僕の頭はいつもギクシャクしている

僕の体は肝心な時に力が入らない

窓辺で、ささやかな風の音を聴いている

ずっとずっと聴いている

それは地球で片隅に繰り返されている

なんていう音なんだい

ごはんをたべる音が聞こえない

悲しくも豊かな

ごはんの匂いもしない

 

砂やちりが飛ばされて

なんでここにいるのやら

湿っぽい布団に潜り込み

どんな辛いことも

放射能より先に息絶えると思う

僕は地球より短くしか

生きられない

だからいい

山や海が生まれた瞬間を

たくさん見れない

僕の悩みはちっぽけで

永遠だ

 

それで

それがどうしたというのやら

涙と笑いと

嵐の中で沈んでいく

疑問ない

疑問しかない

キリがない

叱られる

バンザイ

 

【詩作品】言葉の終わりとシャワー光線センター街

言葉で書こうとして

言葉が区切るものだと思い当たる

思い当って辛いのだが

言葉でないもので話せない

むろん私の口以外の器官は

言葉以外で語るが

言葉以外のシンボルもむろん別種の言葉なのだ

 

私は閉ざされた生活を送っているようであるが

どこまでも隙間風に

吹き抜けられている

体の各部分がうまくつながらないので

ふにゃふにゃしている

この身をうまく使えているのか

うまい下手を考えるなんて

使えない人から見れば

あなたは贅沢なんだという

そういう夜の明かりなのである

 

導かれて君に導かれて

生のもう一つの暗い通りを抜ける

 

ここへ来てはいけないんだと思う

そもそもここはありえない場所なんだと思う

ありえない場所で

いつまでも発熱し

体が焼き付きそうです

ムシのいい

それは悲しい歌なんです

 

秋の虫が私の体を食べて

虫食いの私は

年を重ねた私なんです

年を重ねた私は

さみしさの年輪を

持て余した衣のようなんです

きぬずれた廃屋に近づいていきます

それが生なんです

涙を流した星なんです

置き去りにされた公園なんです

営業時間を終えた

だるそうな定食屋なんです

 

あなたがただ生きている

そのお芝居を

誰が邪魔をするというのでしょう

邪魔をするもしないも

それは宙に浮いて

独自の行進曲を奏でているのですから

 

誰もがただ音楽を奏でるしかないわけです

歌手になるしかないわけです

舞台が崩壊したのです

 

私はどうしよう

古い歌を歌いながら真っ暗な通りを歩いている

こんな人役に立たないでしょう

ねえ

役に立ちますか

立ちませんか

そうだ役なんかないんです

生きているだけで

星と鉄の橋が

ただそこにある質量で

残酷に

人間の終わりを告げています

 

私は

苛立ちながら

あなたのうわごとを

全身で奏でているだけです

第一

この坂道を登るとき

月明かりに照らされて

何の約束も

病理も

肥大も

ありえず

未来と過去をおもうことももう

なぜかわかりません

 

虫が私の生命の

時間を音速で通り抜けている

だから虫は鳴くの

 

りりり

りりり

りりりい

いいりりいい

いりいりい

いい

私たちには平和の世界を目指そうにも、平和な世界を目指すための、憲法や国家体制を「自分で考え決定する」当事者性がありません。―憲法改正の是非を考える

私はここ1年近く憲法改正について批判的に見てきました。

そして参議院選挙で野党が事実上敗北することで、憲法改正阻止は困難になったと思っています。

 

しかしこの間憲法について考える中で、むろん安倍政権の強引さというか非論理性について、こういう政治勢力に憲法を扱わせるのは危険すぎるとは思っています。それは変わりません。

しかし憲法を守るとされている勢力の中にもずいぶん不可解な言説があるなとは思っているのです。

その一つは「戦後70年間日本は一度も戦争をしなかったし、外国人を殺さなかったし日本人も殺されなかった(それは9条のおかげではないか)」という言説です。

確かに直接の侵略非侵略が表面的にはないとは言えますが、日米安保自衛隊の現実を見ると、かなり怪しくなる言説です。在日米軍基地があり、米国の核の傘に入り原子力空母・潜水艦が寄港する日本です。その米軍は朝鮮戦争に始まり、ベトナム、アフガン、イラクと対外戦争を重ねている。日本の在日米軍基地はそのための出撃基地です。

その大半は沖縄県にあります。沖縄の人々はその現実に苦しんでいます。

基地を置いて米軍を助ける予算を拠出している以上、また基地立地自治体で米軍の事故や殺人が起きている以上、日本はアメリカの戦争の前線基地以外のものではありません。日本はそのような基地機能を提供する代わりに、アメリカの莫大な軍事力による潜在的な「抑止力」に守られてきてしまったのです。

直接の戦争に参加していなくても明瞭に米国の戦争体制の一部です。

また自衛隊はすでにサマワなどに基地を持っており、イラク戦争では他国の派遣部隊の様々な荷物を運んでいます。非軍事を旨としながら、紛争地帯の過酷な現実を見つめる自衛隊員はたくさん自殺しています。

 

直接の戦争に参加しないという前提も、PKOの派遣議論以降ですから、ここ四半世紀ほどもう変わってしまったというほかありません。

それは安保法制の議論を調べていた時も思いました。日本とアメリカは数年に一度防衛指針であるガイドラインを改正しており、その中で、アメリカが巨額の赤字を抱えているので東アジアへの軍事派遣予算を減らして、日本は自衛隊を増強してアメリカの軍事派遣を手伝えというニーズは強くなっています。

日本人は民主党政権の鳩山元総理による基地県外移設断念以降、アメリカや官僚にたてつくより、波風を立てないという選択肢を選んでしまっているように見えます。

ガイドラインの作業は民主党で変わったわけではなく、震災を機にますます日本はアメリカの要求を積極的に飲むようになり、安保法制を迎えました。つまり、安倍政権が急に悪魔化して、安保法制を通したというお話もどう考えても変なのです。

一貫して日米は、周辺事態という概念から、日米の軍事派遣の世界中での一体化を夢見てきたということが言えるのではないかと思います。

 

 

もちろん憲法改正派の自分たちの罪を顧みないような、そのような憲法改正議論には乗れません。

しかし、では日本人が戦後70年憲法を9条を守ってきたというような、ファンタジーにも乗れません。

むしろ憲法9条をどう読んでも出てこないような、自衛隊在日米軍基地を、つまり日米安保体制を、憲法9条を解釈で骨抜きにしながら維持してきたというのが真相ではないでしょうか。

憲法9条はその意味で文字どおりは守られていません。守られていないのに、「大事だ」「いやそうではない」という議論も変なのです。つまり現状の改憲派護憲派の議論は本質を見逃した壮大な演劇のようにみえなくもないのです。

 

むろん私の祖父は戦争で怪我しましたから、私は非軍事の世界を夢想しています。

しかしそのようなものは名実ともに戦後すぐに消えてしまったのです。

日本人のある部分は、軍隊を持たずに、世界の荒波を生きてはいけないとすぐに判断してしまいました。しかしむろん戦後直後はアメリカへの抵抗や戦争の傷は大きかったので、日米安保条約自衛隊への反対も大きかったのでしょう。

ゆえに戦争はいけないといいつつ、少しずつ在日米軍との連携を強め、少しずつ自衛隊を拡大していくという方向をとったのかもしれません。

経済的な安定を目指すことに集中し、他方平和を、軍事をどうするかしないかという判断の当事者性を失ってきたのです。

私たちには平和の世界を目指そうにも、平和な世界を目指すための、憲法や国家体制を「自分で考え決定する」当事者性がありません。戦争によって私たちは、戦争で苦しんだ心を持ちました。しかし傷つけた人を哀悼し新たな民主社会を建設するというドイツの方向にはいきませんでした。

ドイツ人にも矛盾はあるにせよ、自分たちの問題としてナチスナチスドイツにより殺された人々に向き合った経緯はあるでしょう。

しかし日本人は自分たちを戦争を遂行しその戦争を反省し平和な社会を建設する当事者の位置に置いていません。

このことが憲法議論をも異常にしているし、地方自治や震災や原発事故で何をなすべきかという議論における「自分で判断する」を阻害しています。

憲法は私たちが共同社会を建設する際の一番大事な約束です。しかしそのルールの根幹である9条が70年も文字通り守られていません。

 

まず日本人は、この「憲法9条が文字通り守られてはいない」その原因を作ったのは、アメリカの陰謀でも単なる政治的タカ派の野望だけでもなく私たち自身のごまかしであったということを自覚すべきではないでしょうか。

(2016091220:35追記➡︎この私のいう「憲法9条が文字通り守られていない」というのは、政府解釈ではありません。政府解釈においては、「必要最少限度の」個別的自衛権として自衛隊が認められるのだったのですが、「陸海空その他の戦力を放棄」という二項の文字通りの意味は、だいたい軍事力を持たないとしか言いようがないと思います。憲法学的には辻村みよ子氏『比較のなかの日本国憲法』が「憲法九条二項で武力を放棄した結果「武力によらざる自衛権」のみが残ったとする「自衛権留保説・非武装自衛権説」」が通説として説明しており、これがいわば「文字通り」に一番近いと私は考えています。また、砂川裁判で最後は日米安保と米軍基地は裁判所は判断しないという「統治行為論」の前の伊達判決は、在日米軍基地が違憲性ありとしていました。九条の政府解釈や「統治行為論」は、自衛隊や米軍への批判が強まる中で、事後的にそれらを憲法に適合させるものだったのであり、それをみんなが支持したから良いじゃないかというのはなんとなく危なっかしい印象を持ちます)

自分たちが深刻な戦争を起こしてしまったのにその問題に向き合わないまま、現実の生活を成り立たせよう・とりあえず対外的な関係を元に戻そう・体面を保とうとした結果がこの70年間、自分の根幹にあるルールを傷つけ続けたということ、もはやまともな憲法議論ができないことを生み出してしまったのです。

そしてもはや憲法との関係は壊れてしまったように見えるということです。

これは改憲派護憲派・無関心な人々全員にまたがる問題です。

 

日本はもっとも残虐な戦争遂行国のひとつであり、憲法9条の理念を希求するという心の動きも、「それでは侵略にどう立ち向かうか」という現実的な処世の気持ちも両方、この70年日本人が抱え込んできた気持ちです。

しかし憲法9条の希求する世界を建設するには非常に厳しい世界の、人類の現実があることも事実です。私はだからと言って、憲法9条の希求する世界を諦めよというのではないのです。おそらく目標として常に自覚しなければなりません。そしてその中で今自衛隊在日米軍を持ってしまっている。巨大な大国として諸外国に影響力を行使し、戦争責任を未だ十分にとっていない。そのように複雑なまま現実を見るべきです。自分たちの生み出した現実の中で、どのような理想を追求するか・できるか・できないかということが課題になります。

例えば、戦争責任や非核化、多様な人権の在り方を、改憲派護憲派両方に貫通する問題として回復するということがあるでしょう。

実際に今存在している自衛隊と基地の歪みを引き受けてなお9条の重みに私たちは向き合えるのかということも考えなくてはならないでしょう。

その中で再度、自衛隊も米軍基地も撤回するという意見も主張されるかもしれない。しかし他方現実に存在する自衛隊や基地に憲法的根拠を与えよという意見も強まるかもしれない。

井上達夫という法学者のように「憲法9条を削除せよ」という意見すらあります。

 

とにかく今の私に言えることは、憲法というものを「生き返らせる」必要があるということです。私たちがこの社会の根本のルールとの関係をを生き直す機会に立ち会っている、合わざるを得ないということです。

なぜなら憲法と私たちの関係はかなり死んでしまっているからです。

このように考えるならば、そして戦後70年の歩みを見るならば、これまでの常識に左右されない憲法論が台頭するかもしれません。

私は、これまで守られてこなかった憲法の意義は何だったか、憲法で最も大切な本質は何かということを少し考えるようになりました。

しかし安易な改正は慎め、しかし憲法を私たちの手に取り返すために私たちは憲法が空文化している現実に向かい合うしかないということは申し上げられるかもしれません。

しかし一時よりはっきりしたことがいえなくなり、情けなくもあり、自分が新たな現実の揺れの中に立ち会っているという気持ちもあるのです。