細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

伊藤真『憲法は誰のもの?』はワンコインで読める自民党改憲案解説としてわかりやすかった

憲法は誰のもの?――自民党改憲案の検証 (岩波ブックレット) 岩波書店 http://www.amazon.co.jp/dp/4002708780/ref=cm_sw_r_tw_awdo_29lSwb0PEX00H

弁護士である伊藤真氏のこの本はワンコインで、自民党改憲案の問題点が概観できる優れものだ。

自民党改憲案の問題点とはすなわち、さらに私が要約してしまうならば、それは立憲主義の解体である。

市民が国家に守らせ、暴走を食い止めるルールとして、近現代社会には憲法が存在する。

なぜなら、国家とは、市民が集まって契約を結び成立させるとしても、国家は莫大な予算と権限を持つために、いつのまにか国家がその構成員を超える巨大な力を持つからだ。

その怪物である国家は歴史上、市民の権利を抑圧し、また市民を戦争に駆り出して、たくさんの犠牲者を生み出してきた。

日本国憲法の前文においても、政府の行為として最終的に戦争が招来されると解き明かされている。

そして、このような惨事を起こさない平和の誓いとして憲法が建てられた旨語られる。

むろんこの憲法を書いたのは占領軍であり、日本人がその時明確な平和の誓いをたてたこともない。

しかし普遍的な要請として、国家が暴走しないほうがいいことは明らかなことであるため、70年の長きにわたり、この憲法はいじられて来なかった。

自民党はこの憲法が占領軍に建てられたことを殊更に強調し、とにかく改憲が必要と言い立てる。

しかも、自民党改憲案は驚くべきことに日本国憲法そのものに敵意を燃やすだけではなく、立憲主義という普遍的な要請にまで敵意を燃やす。

国民に対しては憲法擁護遵守義務、緊急事態命令遵守義務、環境を守る義務などいくつもの義務を課していることがそれである。

つまり、自民党は、市民が国家に守らせるルールとしての憲法ではなく、反対に国家が市民に守らせるルールとして、憲法上の復古主義的革命をなすわけである。

緊急事態条項は、軍隊の治安出動を念頭に置いているのではないかと伊藤真氏は喝破する。

また、国家が優位になる理由は、おそらく国家の命令をきかせる戦争遂行のためだけでなく、家族を大切にすることまで入れ込んでいることからして、伊藤真氏によれば、生活保護や介護の負担をも市民に押し付ける財政政策としての意図があると予測している。

高齢化を市民負担で乗り切るのだろうか。

また、「個人の権利の尊重」が「人の権利の尊重」となり、かけがえのない私やあなたではなく、集団や属性からの権利、私自身ではなく十人並みの権利となることで、権利の主張はおろか、公害や戦争被害からの権利の回復も困難になると私は思う。

また「公共の福祉」ではなく「公益」と変えたのは、まさに国益優先の社会運営を目指しているからだ。

こうして、近現代の自由な個人が演じる社会は終焉する恐れがある。

であるから、あなたが改憲派だろうが護憲派だろうが、現代世界の憲法の根本的な破壊を企てる自民党改憲案やそれに連なる勢力にNoを突きつけなければ、私たちの社会は新たな戦前、戦中にいたることはまちがいないのではないかと不安を深めるのである。

自民党改憲案をみて、こんなバカげたことをと思う方は福島原発事故東日本大震災被災者、原爆の被爆者、水俣の被害者らがどんな仕打ちを受けてきたか思い出しでみてほしい。

自民党改憲案は福島原発事故以降に発表されている。

これは大惨事を国家が国益優先で乗り切るときの姿なのかもしれない。

伊藤真氏の簡便な記述は私には勉強になりました。