細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

環境省原発事故住民健康管理中間とりまとめのパブコメを書きました。

東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議の中間取りまとめを踏まえた環境省における当面の施策の方向性(案)」に関する意見募集(パブリックコメント)を提出しました。

http://www.env.go.jp/press/100098.html

以下の原稿を三回に分けて提出しました。

2当面の施策の方向性(案)
(1)事故初期における被ばく線量の把握・評価の推進において
「 事故初期の被ばく線量については、現在も複数の研究機関により今般の原発事故による被ばく線量の評価についての研究が行われていることから、今後さらに調査研究を推進し、特に高い被ばくを受けた可能性のある集団の把握に努めることが望ましい。」
とあるが、まず第一に初期被ばくは原発事故で住民が受けた正当化できない放射線被ばくだと考えることができる。それは日本国憲法基本的人権を脅かす事態であった。また国連人権理事会グローバー勧告で以下のようには示されている。
「13. 健康に対する権利によって、国には、人々が良質な医療設備、製品およびサービスを確実に利用できるようにすることが求められる。これには、個人が自身の健康に関して情報に基づいた決定ができるような情報の提供が含まれる。さらに、放射線の健康に対する悪影響をモニタリングすることや時宜
にかなった健康管理サービスの提供は健康に対する権利を実現させる上で重要な要素」

調査研究事業は、被害住民の不当な被害への人権救済の観点を持ち、彼らの健康を守る視点をもたねばならないが、この記述からそれは見られない。通常の医療研究や学術調査においても、研究対象者への人権は確保されるよう定められている。
日本学術会議科学者の行動規範について「8 科学者は、研究への協力者の人格、人権を尊重し、福利に配慮する。動物などに対しては、真摯な態度でこれを扱う。」
次にそもそも調査研究を行う科学者の信頼が失墜している。これを回復するよう日本医師会総合政策研究機構・日本学術会議 共催シンポジウム
共同座長取りまとめ (平成26年2月22日)において以下の提言が出ている。
被災者は福島県だけでなく,隣接県を超え全国に広がっているが,被災者に対する国・県の健康支援は不十分であるとの声もある.それらの声に耳を傾け,不安の持たれている健康影響については,検査の意味を丁寧に伝えたうえで,十分な検査や調査を行い,その情報を国民に明らかにすることが重要である.健康支援策の具体的内容も重要であり,その拡充と意義の説明によって信頼が回復され,安定した生活感覚を取り戻すことができる.」
被害住民は健康に対する権利を侵害されたのであり、専門家がいかに微量な被ばく線量であるといっても、その被ばくは突然の事故による被ばくであり、住民は被ばくから防御できる手立てや情報を公的機関や科学者から十分に伝えられなかった。そのことへの真摯な反省を抜きにして政府やこれにかかわる科学者が住民に科学的な初期被ばく調査を行うことはできない。また調査に当たっては十分に被害者の事情や状況を丁寧に聞き取るべきである。
また初期被ばくの全体像については、初期の甲状腺被ばくモニタリングのスケールが1000人単位であったから再現することは極めて難しい。また緊急時の数値を1万3000cpmから10万cpmに挙げてしまったことで、多くの被ばく者を見逃した可能性もある。よって、単に科学的な被ばく量の推定だけではなく、住民の飲食や被ばく状況の不確定性を加味して調査と救済を同時に進めるべきである。



(2)福島県及び福島近隣県における疾病罹患動向の把握において
の部分であるが、「放射線被ばく線量に鑑みて、福島県及び福島近隣県においてがんの罹患率に統計的有意差をもって変化が検出できる可能性は低いと考える。また、放射線被ばくにより遺伝性影響の増加が識別されるとは予想されないと判断する。さらに、今般の事故による住民の被ばく線量に鑑みると、不妊、胎児への影響のほか、心血管疾患、白内障を含む確定的影響(組織反応)が今後増加することも予想されない。」と記述される一方、中間とりまとめ本文では以下のような文章も存在する。このような5倍ものレンジで推計値に幅があるのならば、そもそも健康影響が「予想されない」と判断する根拠がない。
「これらの住民の避難前及び避難中の吸入による内部被ばく
線量と外部被ばく線量の推計値は、4 倍から5 倍過大評価又は過小評価している可能性が¥ある。その他、福島県内では、原発事故により放出された、ガス状のヨウ素131 と粒子状のヨウ素131 の比率に関する測定データがないこも、吸入による甲状腺吸収線量の推計値の不確かさの原因となっている。」
また次のような不確定性も指摘されている。
「また、福島県の周辺地域についても、一時期、茨城県北部に比較的高濃度のプルームが流れた可能性があることや、気候条件等により放射性物質の沈着に大きなばらつきが生じたと推測される」
これだけ不確定な要素があるなら、(1)事故初期における被ばく線量の把握・評価の推進においてにおける調査研究内容も大幅にテコ入れが必要であるとともに福島県や県外の健康モニタリングと適切な医療的ケアが必要とされるはずである。LNT仮説は科学的な妥当性が認められたもので、被害者数予測にただちに用いられるものではないにしても、線量がどれだけ低くても、被害を受ける人間がいることを示唆する科学的証拠が存在するのである。例えば医療放射線被ばくなどにおいても累積10ミリシーベルト前後で被ばく影響が見られることは多くの論文から明らかなのである。
松崎道幸医師は全国保険医新聞2014年2月25日号で以下のように指摘している。
「【2010年日本】20万人の原発労働者を10.9年追跡した結果、10mSv当たりのがん死リスクが有意に3%高まっていた1)。
【2011年カナダ】心筋梗塞の診断と治療のためにCTを受けた患者8万人を5年間追跡した結果、10mSvの被ばく毎にがんのリスクが有意に3%ずつ増加していた(図)2)。
【2012年イギリス】CT検査を受けた18万人の子どもを23年追跡した結果、50〜60mSvの被ばくで白血病や脳腫瘍が有意に3倍増えていた3)。
【2013年イギリス】小児白血病患者2万7000人と対照小児3万7000人を比較した結果、累積自然放射線被ばくが5mSvを越えると、1mSvにつき白血病のリスクが12%ずつ有意に増加していた4)。
【2013年オーストラリア】CT検査を受けた68万人の子どもでは、CT1回(平均4.5mSv)被ばく毎に、小児がんのリスクが20%ずつ有意に増加していた5)。
これらのデータに示された重要ポイントは、第一に、大人において、10mSvの外部被ばくでも有意にがんリスクの増加することが証明されたことだ。しかも、日本とカナダのデータが、10mSv被ばくした大人が3%がんになりやすい(1000mSvなら300%増)という点で一致しているのは興味深い。原爆被爆者の追跡調査では、1000mSvでがん死が47%増加するとしているから、医療被ばくや原発労働による被ばくの方が6倍以上がんの危険を増やしていることになる。
第二に、放射線に影響を受けやすい子どもでは、数年間の間のわずか数mSvの被ばくでも、がんリスクが有意に増加することが証明された点だ。」
また国連人権理事会のグローバー勧告では「国連特別報告者は、追加被ばく線量が実効線量で年間1mSvを超える他の被災県まで健康調査の範囲を広げるよう、政府に求める。」と述べている。影響がないと即断すべきではない。

(3)福島県の県民健康調査「甲状腺検査」の充実
において、「理論的に」とか過剰健診によって見つかっているとされる小児甲状腺がんであるが本当にそうなのか。中間とりまとめにはこう書かれている。
「「先行検査」に関する平成26 年6 月末時点の暫定結果によると、約30 万人の一次検査受検者のうち104 人(二次検査時点の平均年齢17.1 歳、範囲8〜21 歳、最頻値19 歳)が二次検査の穿刺吸引細胞診の結果「悪性又は悪性疑い」との判定が出ており、そのうち57 人は手術の結果、甲状腺がん(うち55 人が甲状腺乳頭癌、2 人が甲状腺低分化癌)と確定診断されている」
以下医学的な知見を示す。
愛知県がんセンター中央病院のページ。
甲状腺がんの頻度は、全がん症例の1%程度である。性別は女性に多く、男性の約3倍であり、また年齢では、50代、40代、30代の順に多い。
 最も多く、最も予後のよい乳頭がんはリンパ節転移をよく起こし、硬いしこり(腫瘤)をつくる。つぎに多い濾胞がんは肺や骨へ転移しやすく、良性のしこりに似る。これを分化がんとまとめる。カルシトニンをつくる細胞から発生する髄様がんは遺伝性のものがある。これに対して未分化がんは幸い少ないが(2%)、全身のがんの中、もっとも悪性である。」
中間とりまとめにおいていわれている乳頭がんは予後はよいがリンパ節転移を起こすし、低分化、未分化がんはきわめて悪性である。そのような子供が30万人中55人そして悪性度が高いがんが二人も見つかっている。これが深刻な事態ではなく何なのだろうか。
「術前診断(触診・頸部超音波検査など)により明らかなリンパ節転移や遠隔転移,甲状腺外浸潤を伴う微小乳頭癌は絶対的手術適応であり,経過観察は勧められない。これらの転移や浸潤の徴候のない患者が,十分な説明と同意のもと非手術経過観察を望んだ場合,その対象となり得る。」がん診療ガイドライン甲状腺腫瘍Clinical Questionにはこのように書かれている。浸潤があったから手術したはずなのである。見つけすぎや治療しすぎとは言えないはずだ。しかもこれは小児のケースである。
また低分化がんで同ガイドラインは「低分化癌の予後は,進行性乳頭癌と変わらないという報告もあるが 11),通常の乳頭癌ないし濾胞癌より悪く,特に45 歳以上で有意に不良であることが日本や欧米から報告されている」
「わが国からも低分化癌は通常の高分化癌に比べてリンパ節転移が多いという意見が出され 4),かつ後ろ向き研究で低分化癌は浸潤性が高く,予後が不良であるという報告がある 5)。それを鑑みても術前に低分化癌が疑われる症例については甲状腺全摘を行い,予防的郭清を含めた広範囲なリンパ節郭清を施行することは妥当と考えられる」と書かれている。
見つけなければリンパ節転移したがんが自然に消滅するのだろうか。こう考えてみれば過剰診断説は破たんしているといわざるを得ない。低分化がんにいたっては患者のこれからにとって発見された意義があったとは言える。
甲状腺がんや様々な健康影響について崎山、木田、木村、津田、菅谷ら参考人たちから種々の懸念があったはずだが、この中間とりまとめには反映されていないといわざるを得ない。参考人を何のために呼んだのか、健康影響を福島県内外にかかわらず見守っていくという委員の声はどこへ行ってしまったのか。このままで環境省の健康対策が決まることに疑問を覚える。

また「生じることのないように配慮しつつ、県外転居者も含め長期にわたってフォローアップすることにより分析に必要な臨床データを確実に収集できる調査が可能となるよう、福島県を支援していきます。」という一文が極めて気になる。健康を守るという態度表明ではない。

また「その上で専門家会議は、「福島近隣県の自治体による個別の相談や放射線に対するリスクコミュニケーションの取組について、一層支援するべきである。その際、各地域の状況や自治体としての方向性を尊重し、地域のニーズに合わせて柔軟な事業展開ができるように配慮することが望ましい」と指摘しています。」といっているが、専門家会議では春日ら複数の委員から福島県外の健康影響もフォローアップすべきという意見が出ているはずだ。単なるリスクコミュニケーションであっては「科学的にありえない」といいきってしまうだけになる。しかしそういう風に速断することが科学なのか。単なる被災者の気持ちの問題にすり替えてはいけない。リスクコミュニケーションではなく自治体と連携した被ばく健康診断を実施すべきである。その調査の中からデータを構築すべきであり、最初からありえないとすることこそ非科学的であろうと考えられる。事実を検証し、被災者の実情でデータを肉付けしながら、彼らの健康をケアすべきではないだろうか。