細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

猛耗亡暑

 昨年と今年の気温のちがい。ニュースを見ていたら東京ではこの三連休、昨年と三度ほどちがうのだとか。通りで暑い。(私は大阪ですが)クーラーはあんまりつけたくない。つけるとしんどい。しかし今年は暑さに耐えると死にそうなので泣く泣くつける。つけるしんどさとつけないしんどさ。どっちがいいのか。ヒートアイランド防止にはつけないほうがいいのだが。

 昨日十三でライブ鑑賞。田渕徹という人が特によかった。

 ここ何日かLED ZEPPELINの「聖なる館」を聴いている。こういう70年代のロックはリアルタイムで聴いてなかった上に、20代までは何にもいいと思わなかった。かろうじてなぜかTHE WHOジョージ・ハリソンはいいと思ったがあれは60年代からだなあ。けど、LOU REEDをこないだ聴いて興奮したり、何かとロックがガツーンとポピュラーになったころの音楽の楽しい感じいいなと最近思う。
なんか今より好き勝手やってて、おもろい。
 今日買った本はむのたけじ『戦争絶滅へ、人間復活へ』岩波新書。今月の新刊。何となく古典左翼ってどんなだろうと興味本位で恐々と覗いたがこんなことが書いてあり買うことを決めた。

 
要するに日本は新憲法で完全に交戦権を奪われた。憲法九条は、軍国日本に対する死刑判決であり、ある意味において(近代国家の主権である交戦権の剥奪が他国より行われるという意味で:石川註)国家としてはこれほど屈辱的なことはない。そう考えなければいけないわけです。ところが、一方で人類が生き続けていくためには、戦争を放棄したあの九条の道を選択する以外にないといえる。(中略)その両面をもつのが憲法九条なのです。(中略)本当なら、憲法九条が連合軍に宣告された死刑判決だという屈辱と日本がみずから再生を図るための輝かしい道しるべという理想の両方の面を、突き合せなければならなかった。その上で初めて、日本人は今後どういう生きかたをし、人類に対してどういう呼びかけをしていくべきかという苦闘が始まったはずです。

 反戦の立場であれ、あるいは反対の江藤淳のような論者でさえ「死刑判決」という人はあまり見なかった。例えば加藤典洋むのたけじと似た感じの憲法の両義性をいきる旨の議論をしているのだが、しかしなんとなくちがうのは、加藤の議論より色んないみで簡潔でクリアである。どちらがクリティカルかは別として、むのたけじの議論はわかりやすい。加藤典洋が文芸評論家であるから、レトリカルすぎるのか。

 これと関連して国家の「滅亡」ということを考える。竹内好武田泰淳が思い浮かぶ。彼らは中国の矛盾の思考、滅亡の経験からの再生を学ぼうとした。この点竹内好より、武田泰淳の方がなんとなく深く思える。中国大陸は有史以来、命を革たにし、つまりは前の民族を滅ぼして、新たな者が覇権を取った。この陰惨な経験の深さを武田は見たのである。中国はユーラシア大陸東側の様々な民族の戦いが繰り返されている場所だということ自明でありながら留意されていないことを武田は示唆しているかもしれない。中国は抗争の場所そのものの呼び名である。いかに勝つかだけでなく敗北から学ぶかという問題系がある。また、それは現在でも生きており、それは進歩と反動というものを飲み込みながら動いていく複合体である。竹内好によって魯迅がフィーチャーされるのにはその複合体にどう対処するかというテーマがあるからだ。しかし、武田はまさにそのような複合体に流されてしまうことそのものへの科学的な観察がある。その科学は近代科学というより、仏教的なものであるかもしれない。しかし詠嘆ではなく冷静な観察を武田は仏教から得ていたと思える。
 武田は僧である。仏典は、インドからチベット中央アジアを渡り諸語に訳され、中国の仏典が半島を渡り日本に到達する。つまり中国もある道の途上にあるものであり、中国自体生成寂滅を繰り返す場所として様々な権力者に魅力的である。しかし、そこには惨劇があり、仏教はそこに様々な作用をもたらしたかもしれない。竹内に中国のみへの視点を感じるとすれば、ある部分武田はもう少し広くアジア全体のことを考えていたかもしれない。これは仮説だが。

梶さんの村上春樹評やウィットフォーゲルに関する評都会の鼠と田舎の鼠 - 梶ピエールの備忘録。に刺激されて竹内好武田泰淳のことをかいたのでリンクしておきます。

聖なる館(紙ジャケット)

聖なる館(紙ジャケット)

評論集 滅亡について 他三十篇 (岩波文庫)

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