細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

私たちの現在は、ナチスT4作戦の時代と本当に違うと言い切れるのかー障害を考える

 


昨日「自閉症の世界」という本をよる読んでいて、ナチ時代のT4作戦や、その頃に医者として自閉症を発見したハンス・アスペルガーのことを書いた部分に、悲しくなった。
ナチは優生思想によって、知的障害、精神障害、今で言う発達障害の子供たちをナチの軍国化にそぐわないと殺していた。

アスペルガー博士は、カナーと同時期に、ナチの優生思想が猛威をふるうオーストリアで、小児精神医学の研究に従事し、言葉が話せなかったり疎通が難しかったり友達ができなかったり暴れたりして問題視された子供たちに感覚的な繊細さや記憶力、認識力がしっかり備わっていると発見したのでした。

アスペルガー博士の発見は、ナチスの時代に埋もれ、また自閉症研究でも顧みられることなく、やっと1970年代にイギリスの研究者で自身自閉症者の親であるローナウィングがアスペルガーを再発見し、ウィングの「自閉症スペクトラム」説に貢献します。
健常者と自閉症者は濃淡はあれ、連続していると

アスペルガーの研究というのは、当時の優生思想の中で、ナチスに抗して子供たちを救うという行動だったので、それは立派なのですが、残念なことに知的感覚的に優れているというニュアンスがゼロではなく、また、アスペルガーの尽力にもかかわらず、たくさんの自閉症児は殺害されたのでした。

アスペルガーが埋もれていく中、アメリカのカナーという研究者が、言葉や発達の遅れが大きい自閉症自閉症として名付けたので、それは重度自閉症の方々には大切なことでしたが、長らく自閉症が軽度まで存在していることが忘れられ、ウィングがアスペルガーを再発見することで軽度から重度まで連続体だとわかったのです。

みなさん、発達障害というと、特長や不思議さはあるが、気にしないでいいとか個性とかいう方もいますが、自閉症の方々の困難や特性をある程度は理解しておかないと、再びT4作戦が行われる世界が来てしまうのではないかと私は心配します。
相模原事件はその兆候ではないか。

自閉症についてアスペルガーやカナーの見解が接合されるのに、30年近くかかっています。戦争や優生思想は、障害者の生死や人間の理解を深く傷つけます。私たちはまだその世界に生きています。
私のような軽度の精神発達障害者はいじめのターゲットでした。小さい頃私はいじめられました。

私は興味のあることは、しゃべりまくります、対人距離もうまくとれません。馴れ馴れしくして嫌がられ、引きこもって孤立してを繰り返し、思春期青年期には死んだ方がマシだとすら考えていました。
20代の終わりに精神疾患を発症してから親もやっと事の重大さに気づきました。

いま40前半です。やっと少しずつ親とのズレが埋まりつつあります。でも他の対人関係ではまだまだです。
そんな時相模原事件が起き、私は小さい頃の不安や孤独な世界を思い出しました。
弱い人間がいじめられ、排除され殺される世界のことを。

アスペルガーやT4作戦の時代を見ながら、現在精神障害発達障害の認識が世間に広がるのをうれしく思うとともに、しかし今でも、相模原事件、識者政治家の優生思想はなくなりません。
わかったふり、知ったかぶりでは、障害者をまた危機に晒すのではないか。すでに危機ではないか深く憂えるのです。

繰り返しますが、アスペルガーの発見が再発見されるまで30年。
私が軽度発達障害者であることを親子ともに認識するまで40年はかかってます。
それにこれは自閉症だけの話で、他の障害は莫大に存在します。私は人間の多様性の大きさをすべて理解できるか到底自信がありません。

私たちの世界は一番大切なものを見ていないし、見ることに時間を割いていない。
まだまだ、T4作戦の時代から遠ざかってはいないのではないかと感じます。