細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

身体とココロを引き裂かれないために。身体とココロを一つにする瞬間。

去年、人に肩を叩かれて、その時

私は人に触れられるのは緊張しがちなのだけど

助けてもらったと思った

相手は助ける気持ちはなかったのかもしれない

しかし

私の影が薄くなって

どこか見えない場所に消えてしまうような

そんな感慨を持ったのかもしれない

それで酔った拍子に

しっかりしてというか

あなたはここにいるんですよね

と教えてくれるようにというか

確かめるように叩いてもらったのだ

私は確かにどこか存在が薄くなって

知らない間に、あれこれ考えにふけり

現実の世界との接点を失い

すり減ることが多いからだ

 

私はある時から

人間の身体は2種類あると考えるようになった

実際に物理的に存在する身体と

気持ちや思いとしてのカラダである

それを意識したのは13年くらい前で

その時失恋し立ち直れるかという時期だった

つらい別れがあると

人はモノとしての身体とココロとしてのカラダに

引き裂かれるようだ

私は誰かに認められたり

確かめたりしてもらわないと

ココロと身体のちょうつがいがすぐ

外れてしまうのかもしれない

 

ヨガをやったり

運動をやることによって

身体の中に私を留めて気が遠くなったり

して

身体の中の気が失われにくくなった

発達障害者は

どうも身体とココロがうまく繋がらないように

なるらしい

それは

自我というものが

自分の身体の上にうまく収まらない

それどころか

自我が私の身体とともにうまく

大きくならないからのようだ

 

私は自分の感覚に異常に敏感な

部分と

異常に気づいていない部分がある

そんな時

ズレがどんどん大きくなる

それを

ヨガや運動や

人からの暖かさ、呼びかけで

取り戻すことができる

 

私に私を取り戻させてくれる

様々な人やものに感謝しなきゃ