読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

細々と彫りつける

Concering poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

「福島を元どおりにしてください」の意味を考える

被害者の「元の福島にできますか」「福島を(住んでいた町を)元どおりにしてください」という問いや要請は、それぞれの発話者により、それぞれの切実さが込められていたはずだ。だから、以下に書くことは被災地域外の大阪に住んでいる筆者が原発事故に危機感を持ち、避難してきた人と話したり、被災地域にいる人とメールなどで話したり、被害者や支援者や研究者のお話を聞きにいったり、新聞や本で調べた話に基づいており、原発事故被害者の総意ではなく、私がそう捉えた、個人的な感慨である。

さて、まず本当に「元どおりに」してほしいということでもあるのだろうが、放射能汚染の広さや汚染した物財の量は途方もないものだ。

すると「元どおりに」は反語的な問いかけであった場合も多いのではないかと思えてくる。

 

福島県に建設予定の中間貯蔵施設への汚染された土壌や廃棄物の搬入量は、2000万立方メートルを超えている。

中間貯蔵施設はキロ当たり10万ベクレルの除染された土壌や廃棄物に限られ、それ以下の廃棄物、実際には汚染されているが、削りとれない山林や河川流域の木や土は、ちょっと想像がつかない。それが福島県にあるだけではなく、関東東北の広域に広がっている。

除染が物理的に可能なのは、街路や田畑の目立つところに限られている。

しかも除染した廃棄物は、どこかに処分しなければならず、焼却してよいのかという議論もあり、ならばと政府は、公共事業で堤防や建設の土台に汚染土壌を洗って使うのだといっているが、そんな再利用をしていいのかという反撥は私も含め当然ある。

 

ここまで来れば、「福島を、住んでいた町を完全には元に戻せない」となるのだが、政府は、東電はタダでは転ばない。

事故前までは原子力発電所の敷地の外側に年間1mSv以上の汚染をもたらしてはならないと決まっていた。

1mSvは高いので、年間50μSvや10μSvを業界の努力目標値にしていたが、これは法的には強制ではない。法的には1mSvが限度だ。

しかし、国は原子力非常事態宣言を布告し、年間20mSv以下なら人は安全に住めるのだと抗弁して、除染は「できたことにして」帰れるといい、今どんどん避難区域を解除している。

 

当然大丈夫なのか、とか、家や田畑が傷んでいるとか、店や街の賑わいが戻らないかもしれないので、辛い思いで帰らないと決めている人も多い。

すると政府は、帰らない人への支援はするつもりがない、なんなら東電は賠償を打ち切るつもりなことが明らかになり、紛糾している。

避難区域内からの避難者ですらそんな扱いなのに、避難区域外から避難した人には、自治体が公営住宅を無料で貸す以外の支援はなく、これから打ち切って追い出す地域もたくさんある。

 

ここで、「福島を元どおりに」の意味を再び考えるに、「償えないほどの被害」を「見よ」という要請や問いが含まれていたのではないか、そう思いあたる。

しかし政財界はその真実に向き合いたがらなかった。だから完全に救済されはしないことをぼやかし、放射能はそんなに体に悪くありませんといったり、責任を取りたくないために「元通りの福島にしてあげます」と空約束にすり替え除染し続けた。

しかし、実際には帰れないとする人が多い。

また、汚染をこうむった地域の人やそこからの避難者には、体調を崩すと、放射能汚染のせいではないかとか、本当はどんな影響があるのか、と心配する人ももちろんいる。

しかし、政府は、まともに被ばく量も計らず、小児甲状腺がんの限られた調査からも、多発が明らかなのに、よくわからないとしている。

こんな状況は当然原発事故前はなかったから、「元どおりにして」の意味は安心立命でなくなった世界にも向けられる。

みんな言いたかったのは「不可逆的な被害をもたらす原発が許せない」、だったのかもしれない。

しかも被害者には「なぜ私たちは原発を国にやらせ続けたか」という悔恨もあるはずなのだ。
私たちは放射能リスク論以前にこの叫びに向き合わなければならなかった。
それは私たちのあり方、日本の、人類の文明のあり方を問うものだから。
そして、その問いがチェルノブイリから二度繰り返されたことをアレクシェービッチは苦く見つめたはずだ。