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細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

発達障害の診断を受けたのは、幸せになるためには自分を知らなきゃと思ったからだ。

私はアスペルガーなので、他人の気持ちをうまく読み取れない。

少し疲れたり焦っていたりするだけでも、本当は嫌味を言われてるんじゃないか、とか、疑心暗鬼になる。

また、他の人たちは、自分のわからない、たどり着けない場所で、「人間の楽しみ」を謳歌していると思い込んで嫉妬や寂しさをためこんでいる。

 

それらを挽回しようと、いつも焦ったり、不安になって緊張したり、心をすり減らしている。

 

基礎にあるのは、疎外感のようなものだろう。

その疎外感の正体がわからなかったころはスネたりいじけたりして、死にたいとすらよく思っていた。

学生時代は、他人が気になる時期だが、その気持ちを他人にどう打ち明けて良いかわからず、悩みが溜まり、苦しんでいた。

 

仕事ができなくなり辞めても、詩を書いて暮らすとかおよそ非現実的なことばかり言っていて、さらに生活が苦しくなり精神も破綻した。

その頃付き合っていた人を苦しませ、その人は私と生きることが辛くなり私の元を去った。

自分が情けなかった。

 

それから様々な人のすすめで、心の病を治す取り組みを始めた。

しかし、私は精神病もあるかもしれないが、それよりも、人の気持ちをうまく読み取れない、それで誤解して、自分を追い詰めることがあるとわかり、それはいろいろな人間関係の難しさを感じたからだ。

そんな風にして発達障害の診断を仰いだ。

それは私が生きていきたいからである。

疎外感がなくならなくても、なるべく中良い人のあたたかさやつながりの中で生きていたい思いが強まったからだ。

災害や原発事故が私に生の自覚を促した面がある。

楽しく生きれば、災害などで私が死んだりこの国が崩壊して私が死ぬとしても、この世界に生きたという証になる。悔いがないという思いでいる。

私はだから自分と人がその違いのまま調和するという、アスペルガーがなかなか得られない感覚を知りたいんだと思う。