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細々と彫りつける

Concering poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

森有正の言葉が最近改めて響く「孤独とは経験そのものであって、孤独であるということが、つまり人間であることだ」

 

最近twitterをやっていて、森有正の言葉が改めて響いてきました。

世の中や人間を賢しらにあるいは善意からあるいは悪意から語る声に疲れます。

森有正が言っているのはもっと違うことです。

 

森有正
もりありまさ

[生]1911.11.30. 東京
[没]1976.10.18. パリ
哲学者,フランス文学者。初代文部大臣森有礼の孫にあたり,牧師であった父親の影響で幼い頃からのクリスチャン。 1938年東京大学仏文科卒業,デカルトパスカルを専攻。第一高等学校教授を経て東京大学助教授在籍中の 50年に渡仏,そのままパリに定住して 55年からパリ大学で教鞭をとり,日本語と日本思想を講じた。

https://kotobank.jp/word/%E6%A3%AE%E6%9C%89%E6%AD%A3-142843

 

以下twitter森有正botより引用。
https://twitter.com/arimasabot/

 

現在、ことばというものが、非常にむなしいものになっているとしたら、それは、経験の裏づけを失った、沈黙の重みをになったものでなくなってしまった、ということでしょう。
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ことばをほんとうに自分のことばとして使うということが、実はその人がほんとうに生きるということと一つになる。
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日本では、自由とか、平和とか、民主主義とか、そういうことばそのものにつかまってしまって、それらのことばのもつ真の意味を考えない。どうも、事態がすべて逆転している。これは非常に不幸だと思います。
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孤独、絶望、死、これらは決して悲壮がかったおどし文句ではないのだ。人間の魂のカリテ(質)なのだ。どうしても、そこに行かなければ、先に向ってひらけないものがあるのだ。
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人間とは、まず悲しみなのだ。
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人は一人一人自分で人間にならなければならない。
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いろいろの人がいろいろちがったことばでいっていますが、人間の実存というのは同じ構造ですから、結局みんな同じことをいっているのです。だれも皆、同じことを違うことばでいっている。しかし私は、実体は全部同じだと思っております。
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感覚を出発点としない、そういう抽象操作というのはありえない。というのは、直接的な感覚の世界だけが、この世界でわれわれが触れることのできるものだからです。
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絶対に他人がとってかわることのできないものが、自分の経験なのですから、その自分の経験が自分なのだと気がついたときに、人間は本質的に孤独なものだということに気がついてきます。
✳︎
今僕の心を捉えているのは、やはり、自分の感覚の解放ということである。それは出発点となる感覚の状態の純化といっても同じことである。感覚から出発するなどと簡単に言っているが、これがどれだけ大変なことか、またこれなしには、経験も思想もすべて虚しいと思う。

✳︎
孤独とは経験そのものであって、孤独であるということが、つまり人間であることだ、と思うのです。