細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

科学的事実をぼやかしても、結局差別はなくならない。むしろ科学的事実を明らかにし、いかなる影響があってもその影響を受けた人を差別せず支援すべき

福島医科大学の県民健康管理センターの方は

放射線の遺伝的な影響を心配する人がいることだ。「あまりに非科学的だ」

とおっしゃっています。果たしてそうなんでしょうか?

 

しかし遺伝的影響について私が以前米国アカデミーBEIR7報告で見た文言はそんなにばっさり「非科学的」とは言い切れない、科学的な遺伝子損傷の経世代影響への懸念が語られていました。

放射線医学県民健康管理センターが県からの委託を受けて担う県民健康調査。甲状腺検査に注目が集まりがちだが、被災者の心の健康度や生活習慣も調査対象だ。災害精神医学が専門で2013(平成25)年10月に福島医大に移った前田氏は、県民の心の調査に取り組む。

 県民健康調査のうち、原発事故に伴い避難区域が設定された地域などの高校生以上の住民約18万7千人の心理的状況を調べた調査では、うつ病などが懸念される一定の基準を超えた人の割合は7・7%(14年度調査)だった。震災後年々改善傾向にあるが、平時の全国平均(3%)と比べると依然高い。

 前田氏には非常に気掛かりな点がある。全体として放射線への不安は年々下がっている一方で、放射線の遺伝的な影響を心配する人がいることだ。「あまりに非科学的だ」

放射線の影響

 将来の子どもや孫などへの放射線の影響を巡っては、広島、長崎の被爆者を対象に大規模に追跡調査が行われている。

 前田氏は「被爆者でもほぼ心配がないことが分かっているが、そのことは知られていない。広く知られているのは原爆が投下された際の視覚的なイメージであり、恐怖の源になっている」と指摘する。

「説明がつかない不安が存在する。科学に基づき説明していくことが必要だが、放射線を巡る不用意な言葉に深く傷つく人がいると理解することも大事だ」

 

【福島医大「新センター」・放射線医学県民健康管理センター】心の健康「二極化」:福島民友ニュース:福島民友新聞社 みんゆうNet

 

ではBEIR7(Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation: BEIR VII – Phase 2 )の一般向け概要(Public Summary)の文章を見てみましょう。

Additionally, the
committee concludes that although adverse health effects in
children of exposed parents (attributable to radiation-induced
mutations) have not been found, there are extensive data on
radiation-induced transmissible mutations in mice and other
organisms. Thus, there is no reason to believe that humans
would be immune to this sort of harm.

http://www.cirms.org/pdf/NAS%20BEIR%20VII%20Low%20Dose%20Exposure%20-%202006.pdf

 自分で訳してみます。

加えて、委員会は次のように結論する。

放射線誘発起因の)被ばくした親から子供への悪影響は今のところ発見されていないけれども 、マウスや他の生物の放射線誘発による遺伝性突然変異については広範なデータが存在する、ゆえに人間がこの種の害を免れると信じうる根拠はないと。

 

つまり人間の原爆投下以降のデータには遺伝性突然変異についてまだ明瞭な影響は見えていないわけですが、他の多くの生物で放射線による遺伝性突然変異のデータが存在する以上、人間も生物である限り、ないと言い切ることはできないと米国科学アカデミーの放射線生物学的影響に関する委員会(BEIR)は言わざるを得ないのでした。

なぜなら、生物は何千年、何万年、何百万年かけて突然変異を蓄積しながら、進化しそのバリエーションを増やしてきたわけです。70年で顕著な遺伝的な悪影響を検出するのは難しいかもしれません。

広島長崎で顕著な遺伝性突然変異の増加は見られないと文書の中で断っています。しかし生物学的な意味で、だから大丈夫と断言できるわけではないと米国の一番大きな放射線影響を研究する団体は報告しているのです。

 

こういうあいまいな言い方は「恐怖をあおる」ものなのでしょうか。

違うと私は思います。

可能性や懸念があるというからと言って被ばくした人を差別していいわけではありません。いかなる科学的事実があれ、差別をしてはいけないということです。

科学的な事実は最大限伝えるべきです。

そして、どれだけ恐ろしい影響があったとしても、その影響や病気を発症した人間を差別してはいけないということです。影響をなかったことにすれば差別がなくなるということではないと思います。そうしてしまえば、別のねじれが生まれると思います。

 

つまり科学的事実を大衆から隠して安心しなさいというのは、私は科学者の側に「明確に結論できない」と正直に述べる自信がないからだと思います。

科学者の側には「大衆はよく知らないから丸めていってしまおう」というある種の諦めがあり、大衆の側には「はっきり言ってくれ」という要求があり、それがすれ違いを生んでいる。そこに既存の産業界や行政や社会の事情がかぶさってきて、もしかしたら今後検出されないとは言い切れない遺伝的な経世代影響を「ないと言い切ってしまう」力になってしまっているのかもしれません。

 

さてBEIR7報告に「マウス等や他の生物の放射線誘発の遺伝性突然変異」の広範なデータがあるといっていますが、それを提供しているのが、日本の、さらにブログ主が住んでいる大阪の大阪大学の野村大成名誉教授です。

 

Nomura, T. 1982. Parental exposure to x rays and chemicals induces heritable tumours and anomalies in mice. Nature 296:575-577.

Nomura, T. 1988. X-ray- and chemically-induced germ-line mutation causing phenotypical anomalies in mice. Mutat Res 198:309-320.

Nomura, T. 1989. Congenital malformations as a consequence of parental exposure to radiation and chemicals in mice. J UOEH 11(Suppl): 406-415. Nomura, T. 1994. Male-mediated teratrogenesis: Ionizing radiation/ ethylnitrosourea studies. Pp. 117-128 in Male Mediated Developmental Toxicity, A.F. Olshan and D.R. Mattison, eds. New York: Plenum Press.

http://www.cirms.org/pdf/NAS%20BEIR%20VII%20Low%20Dose%20Exposure%20-%202006.pdf

 

野村大成氏は「食品と暮らしの安全基金」のインタビューに答えてこう述べています。

 小若 子どもや孫のマウスが発ガンしやすくなったのは、なぜでしょうか。

野村 親が被曝したのに、子どもや孫に、ガンになりやすさが遺伝するのは、3つの理由があります。 当初は、たくさんのガン遺伝子のどれかに変異が起こって、ガンになりやすくなっていると、単純に説明されました。
 しかし、ガン遺伝子の突然変異は、極めてまれなガンにしか検出されず、通常、マウスによく発生するガンにはみられません。
実験に用いたマウスには、自然に発生するタイプのガンが増加していたので、たくさんある免疫関係の遺伝子や、 正常機能をつかさどる遺伝子の、どれかに変異、あるいは発現異常が誘発され、免疫力が少し弱くなったり、回復能力が低下したりして、 発ガン率が上昇するのではないか、と考えました。
この遺伝子発現異常が次世代に伝わる可能性を、マイクロアレイという技術を用いて、実験的に証明しました。
 最近は、放射線被曝による次世代の遺伝的不安定性も原因ではないか、と考えています。
親の被曝によるガンの高発は、放射線生殖細胞に遺伝的不安定性を誘発することを証明した論文は、これが最初と言われています。 これにより各臓器にガンが発生しやすくなったわけです。

 

食品と暮らしの安全|放射線の次世代への影響が心配|野村大成・大阪大学名誉教授に放射能の危険性をインタビュー

マウスの放射線誘発型の突然変異を検出するのは非常に難しいのを 「この遺伝子発現異常が次世代に伝わる可能性を、マイクロアレイという技術を用いて、実験的に証明」したといっています。

 

 

【DNAマイクロアレイとは】

DNAマイクロアレイとは、数万から数十万に区切られた基板の上にDNAの部分配列を高密度に配置して固定したものを指し、固定した遺伝子断片と、細胞から抽出したmRNAを逆転写酵素でcDNAに変換したものを基板上のDNA配列に対してハイブリダイゼーションすることによって、細胞内で発現している遺伝子情報を網羅的に検出することができます。
ヒトをはじめ多くの動物、植物の全DNA配列が決定されている近年、その遺伝子の配列だけでなく、発現パターンを網羅的に解析する必要が出てきたため、マイクロアレイを用いたDNA発現解析は重要な技術となりました。

【マイクロアレイ解析】

マイクロアレイ解析は、数種類の遺伝子の発現を比較するサブトラクション法という比較的古くから知られている実験原理を応用したもので、一度に、かつ極めて短時間で数十万単位の遺伝子の発現を解析することが可能です。
しかしながら、大量の遺伝子を同時に扱う弊害として、擬陽性が多いという問題点があげられます。一般的に、マイクロアレイ解析を行うと非常に多くの遺伝子発現変化が検出されます。
しかし、その中で真に遺伝子発現が変化しているものはわずかしか含まれていないと考えられ、その選別をするためには、変化の生じた多数の遺伝子を再度、詳細に解析する必要があります。
しかし、擬陽性を少なくする改良や、その後の解析の効率化なども進められており、迅速かつ網羅的な解析技術として今後も汎用されていくと考えられます。また、転写物の解析をすることから、「ゲノム」という言葉に対応して、転写(トランスクリプション:transcription)と総体(-ome)を組み合わせた造語として「トランスクリプトーム」という言葉も生まれました。

DNAマイクロアレイ|研究用語辞典|研究.net

 日本毒性学会学術年会にもこのような記述があります。

著者
野村 大成
雑誌
日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
vol.40.1, 2013 (Released:2013-08-14)

放射線も化学物質も,受精(男性にとっては授精)前の被曝により,子孫に継世代的(遺伝的)影響が発生することは,膨大な数のマウスを用いて証明されている(通称“100万匹マウス実験”等)。また,親の被曝により子孫にがんや形態異常が発生することもマウス,ラットで報告されています(通称“大阪レポート”)。ヒトにおいても,放射線被曝(健康診断,核実験,原発事故等)で,次世代にがん,形態異常や突然変異が発生したという論文も発表されている。しかし,広島・長崎被曝者の子供において,近距離被爆と遠距離被曝の間での差は明らかにされていないことから,“放射線は調べた限りヒトを除くすべての生物に突然変異を起こす”というような表現がされることがある。日本毒性学会シンポジウム「放射線毒性学における課題」においては,放射線の継世代影響に焦点を絞り,各種放射線の外部・内部被曝による遺伝的影響に関するこれまでの動物実験での成果に最新の研究成果を加えて総括を行うとともに,ヒト放射線被曝集団での次世代影響について最近の調査研究と今後の方針を紹介する。動物実験においては,生殖細胞期や胎児期放射線被曝単独では,次世代での腫瘍発生頻度の増加はわずかであるが,生まれてから,非発がん性,非変異原性腫瘍促進物質や,微量の発がん性物質の投与や放射線照射を受けると,がん発生が大きく促進されることが示されている。放射線と化学物質の複合被曝による生体影響の増幅であり,後日,放射線による遺伝的不安定性を示した最初の動物実験と評価されている。このような複合被曝においても,放射線の線量率効果は明確に存在している。人類の実際の被曝形態が,このような複合被曝であることを考えると,放射線毒性学における大きな課題を提起するものであり,そのリスク推定と防護の見地から重要な意味がある。

 

文献一覧: 野村 大成 (著者) - Ceek.jp Altmetrics

 

野村大成氏は、誰かを差別しているのではなく、放射線や有害物質によって、生物及び人間の未来を心配しているから研究を進めておられるのだと思われます。

長期間で確率的に起きる影響については、すぐはっきり検出できないこと、原子力の利害関係などからともすれば、ないといわれてしまうことが多いようですが、むしろ科学の責務としては、人間や生命を守るために放射線が世代を超えてどのような影響を与えるかしっかり考えることです。

それは差別を正当化するためではなく、人間や生物の命が守られるためです。