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細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

私たちには平和の世界を目指そうにも、平和な世界を目指すための、憲法や国家体制を「自分で考え決定する」当事者性がありません。―憲法改正の是非を考える

私はここ1年近く憲法改正について批判的に見てきました。

そして参議院選挙で野党が事実上敗北することで、憲法改正阻止は困難になったと思っています。

 

しかしこの間憲法について考える中で、むろん安倍政権の強引さというか非論理性について、こういう政治勢力に憲法を扱わせるのは危険すぎるとは思っています。それは変わりません。

しかし憲法を守るとされている勢力の中にもずいぶん不可解な言説があるなとは思っているのです。

その一つは「戦後70年間日本は一度も戦争をしなかったし、外国人を殺さなかったし日本人も殺されなかった(それは9条のおかげではないか)」という言説です。

確かに直接の侵略非侵略が表面的にはないとは言えますが、日米安保自衛隊の現実を見ると、かなり怪しくなる言説です。在日米軍基地があり、米国の核の傘に入り原子力空母・潜水艦が寄港する日本です。その米軍は朝鮮戦争に始まり、ベトナム、アフガン、イラクと対外戦争を重ねている。日本の在日米軍基地はそのための出撃基地です。

その大半は沖縄県にあります。沖縄の人々はその現実に苦しんでいます。

基地を置いて米軍を助ける予算を拠出している以上、また基地立地自治体で米軍の事故や殺人が起きている以上、日本はアメリカの戦争の前線基地以外のものではありません。日本はそのような基地機能を提供する代わりに、アメリカの莫大な軍事力による潜在的な「抑止力」に守られてきてしまったのです。

直接の戦争に参加していなくても明瞭に米国の戦争体制の一部です。

また自衛隊はすでにサマワなどに基地を持っており、イラク戦争では他国の派遣部隊の様々な荷物を運んでいます。非軍事を旨としながら、紛争地帯の過酷な現実を見つめる自衛隊員はたくさん自殺しています。

 

直接の戦争に参加しないという前提も、PKOの派遣議論以降ですから、ここ四半世紀ほどもう変わってしまったというほかありません。

それは安保法制の議論を調べていた時も思いました。日本とアメリカは数年に一度防衛指針であるガイドラインを改正しており、その中で、アメリカが巨額の赤字を抱えているので東アジアへの軍事派遣予算を減らして、日本は自衛隊を増強してアメリカの軍事派遣を手伝えというニーズは強くなっています。

日本人は民主党政権の鳩山元総理による基地県外移設断念以降、アメリカや官僚にたてつくより、波風を立てないという選択肢を選んでしまっているように見えます。

ガイドラインの作業は民主党で変わったわけではなく、震災を機にますます日本はアメリカの要求を積極的に飲むようになり、安保法制を迎えました。つまり、安倍政権が急に悪魔化して、安保法制を通したというお話もどう考えても変なのです。

一貫して日米は、周辺事態という概念から、日米の軍事派遣の世界中での一体化を夢見てきたということが言えるのではないかと思います。

 

 

もちろん憲法改正派の自分たちの罪を顧みないような、そのような憲法改正議論には乗れません。

しかし、では日本人が戦後70年憲法を9条を守ってきたというような、ファンタジーにも乗れません。

むしろ憲法9条をどう読んでも出てこないような、自衛隊在日米軍基地を、つまり日米安保体制を、憲法9条を解釈で骨抜きにしながら維持してきたというのが真相ではないでしょうか。

憲法9条はその意味で文字どおりは守られていません。守られていないのに、「大事だ」「いやそうではない」という議論も変なのです。つまり現状の改憲派護憲派の議論は本質を見逃した壮大な演劇のようにみえなくもないのです。

 

むろん私の祖父は戦争で怪我しましたから、私は非軍事の世界を夢想しています。

しかしそのようなものは名実ともに戦後すぐに消えてしまったのです。

日本人のある部分は、軍隊を持たずに、世界の荒波を生きてはいけないとすぐに判断してしまいました。しかしむろん戦後直後はアメリカへの抵抗や戦争の傷は大きかったので、日米安保条約自衛隊への反対も大きかったのでしょう。

ゆえに戦争はいけないといいつつ、少しずつ在日米軍との連携を強め、少しずつ自衛隊を拡大していくという方向をとったのかもしれません。

経済的な安定を目指すことに集中し、他方平和を、軍事をどうするかしないかという判断の当事者性を失ってきたのです。

私たちには平和の世界を目指そうにも、平和な世界を目指すための、憲法や国家体制を「自分で考え決定する」当事者性がありません。戦争によって私たちは、戦争で苦しんだ心を持ちました。しかし傷つけた人を哀悼し新たな民主社会を建設するというドイツの方向にはいきませんでした。

ドイツ人にも矛盾はあるにせよ、自分たちの問題としてナチスナチスドイツにより殺された人々に向き合った経緯はあるでしょう。

しかし日本人は自分たちを戦争を遂行しその戦争を反省し平和な社会を建設する当事者の位置に置いていません。

このことが憲法議論をも異常にしているし、地方自治や震災や原発事故で何をなすべきかという議論における「自分で判断する」を阻害しています。

憲法は私たちが共同社会を建設する際の一番大事な約束です。しかしそのルールの根幹である9条が70年も文字通り守られていません。

 

まず日本人は、この「憲法9条が文字通り守られてはいない」その原因を作ったのは、アメリカの陰謀でも単なる政治的タカ派の野望だけでもなく私たち自身のごまかしであったということを自覚すべきではないでしょうか。

(2016091220:35追記➡︎この私のいう「憲法9条が文字通り守られていない」というのは、政府解釈ではありません。政府解釈においては、「必要最少限度の」個別的自衛権として自衛隊が認められるのだったのですが、「陸海空その他の戦力を放棄」という二項の文字通りの意味は、だいたい軍事力を持たないとしか言いようがないと思います。憲法学的には辻村みよ子氏『比較のなかの日本国憲法』が「憲法九条二項で武力を放棄した結果「武力によらざる自衛権」のみが残ったとする「自衛権留保説・非武装自衛権説」」が通説として説明しており、これがいわば「文字通り」に一番近いと私は考えています。また、砂川裁判で最後は日米安保と米軍基地は裁判所は判断しないという「統治行為論」の前の伊達判決は、在日米軍基地が違憲性ありとしていました。九条の政府解釈や「統治行為論」は、自衛隊や米軍への批判が強まる中で、事後的にそれらを憲法に適合させるものだったのであり、それをみんなが支持したから良いじゃないかというのはなんとなく危なっかしい印象を持ちます)

自分たちが深刻な戦争を起こしてしまったのにその問題に向き合わないまま、現実の生活を成り立たせよう・とりあえず対外的な関係を元に戻そう・体面を保とうとした結果がこの70年間、自分の根幹にあるルールを傷つけ続けたということ、もはやまともな憲法議論ができないことを生み出してしまったのです。

そしてもはや憲法との関係は壊れてしまったように見えるということです。

これは改憲派護憲派・無関心な人々全員にまたがる問題です。

 

日本はもっとも残虐な戦争遂行国のひとつであり、憲法9条の理念を希求するという心の動きも、「それでは侵略にどう立ち向かうか」という現実的な処世の気持ちも両方、この70年日本人が抱え込んできた気持ちです。

しかし憲法9条の希求する世界を建設するには非常に厳しい世界の、人類の現実があることも事実です。私はだからと言って、憲法9条の希求する世界を諦めよというのではないのです。おそらく目標として常に自覚しなければなりません。そしてその中で今自衛隊在日米軍を持ってしまっている。巨大な大国として諸外国に影響力を行使し、戦争責任を未だ十分にとっていない。そのように複雑なまま現実を見るべきです。自分たちの生み出した現実の中で、どのような理想を追求するか・できるか・できないかということが課題になります。

例えば、戦争責任や非核化、多様な人権の在り方を、改憲派護憲派両方に貫通する問題として回復するということがあるでしょう。

実際に今存在している自衛隊と基地の歪みを引き受けてなお9条の重みに私たちは向き合えるのかということも考えなくてはならないでしょう。

その中で再度、自衛隊も米軍基地も撤回するという意見も主張されるかもしれない。しかし他方現実に存在する自衛隊や基地に憲法的根拠を与えよという意見も強まるかもしれない。

井上達夫という法学者のように「憲法9条を削除せよ」という意見すらあります。

 

とにかく今の私に言えることは、憲法というものを「生き返らせる」必要があるということです。私たちがこの社会の根本のルールとの関係をを生き直す機会に立ち会っている、合わざるを得ないということです。

なぜなら憲法と私たちの関係はかなり死んでしまっているからです。

このように考えるならば、そして戦後70年の歩みを見るならば、これまでの常識に左右されない憲法論が台頭するかもしれません。

私は、これまで守られてこなかった憲法の意義は何だったか、憲法で最も大切な本質は何かということを少し考えるようになりました。

しかし安易な改正は慎め、しかし憲法を私たちの手に取り返すために私たちは憲法が空文化している現実に向かい合うしかないということは申し上げられるかもしれません。

しかし一時よりはっきりしたことがいえなくなり、情けなくもあり、自分が新たな現実の揺れの中に立ち会っているという気持ちもあるのです。