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細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

宮本輝『道頓堀川』帚木蓬生『閉鎖病棟』に戦後的な罪責感の源流をみる

宮本輝道頓堀川を読んだ。
昭和40年代の、大阪最大の繁華街の片隅で、戦後を生き抜き人生に疲れた中年世代と、若者が交錯する、ものすごいシブい小説である。
くさくなりそうでならない、ギリギリの線を叙情的ながらもクールな描写。

それぞれに、深い苦悩を背負いながら生きてきた人間。
特に、不倫で家を出た妻を力まかせに蹴るという暴力を振るい、ついにはそれがもとで妻は腎臓を患い、亡くなるという罪を背負った、元ビリヤードプロで、現在喫茶店の店主武内が、この物語の芯を支えている。

これはまごう事なくDVで、つまり武内は不倫相手と妻に嫉妬し怒るといういわば、正当化しえない感情において、そうしたことを武内はよく認識しており、つまりはぬぐいようがない加害者意識を抱えているのである。

それを悪いことのまま、割り切れないまま、ひどい罪を犯した人間がその後を生きる様を描く。

この武内はまさに、私は戦後日本の血塗られた肖像だと思うのである。
復興し、経済的に繁栄していく日本。
この物語は昭和40年代前半。つまりは、日本の経済発展の突端で、傷つけ失った過去に向かい会わざるをえない男性(近代日本のマジョリティ)が、せめてもの供養とは示されてはいないが、そのように、喫茶店に花を飾っている。
武内は、自分の一時的な衝動に従い、妻を失い、息子との間に回復不能な断絶を負う。
息子にはムキになり、息子の将来を案じる。
一貫して武内は、きれいな反省ではなく、体当たりで、その時を生きるしかないようなのである。
男性ジェンダーの、宿痾である粗暴性について、それを美化したりはしないし、変な弁明もない形で描く。それは男のサガなどという言葉では語られていない。武内は気まずさを抱え、息子も反発する形で、よたよたと話は進む。
武内の息子に対する葛藤とは裏腹に、邦彦という大学生には、武内は、良き庇護者として、まるで、息子に対してできないかのように、店のスタッフとして信頼して付き合い、面倒を見るのだ。
武内は、自分のような特徴なく、罪しかない男は、そのように生きるしかない、しかしそのことを讃えて生きるしかないといっているようだ。
罪は当然負うしかないという正当な認識において、この小説は重さをたたえながら、不当な重苦しさはない。

それに対して女性も、それぞれの葛藤を抱えて、生きている。
女性は、男に許しを与えるような都合の良い面は持たない。
若干描写はロマンチックではあるとしても、自分の生を生きようとして生ききれない、その中でなんとか、楽しく生きよう、しかしそのようには、できないことにも歯嚙みを抱えている。

なんというか、1980年台半ばに書かれた、古くからの盛り場道頓堀を舞台にしながら、ジェンダー平等とはいえないまでも、手加減のない複雑で、冷徹な描写には、すこし驚いている。
なぜなら、現在2010年代を生きる私たちは小説でもテレビや映画でもこれより、後退した保守的に過ぎる描写をみるようになっているから。

この小説は少なくとも男性をあまり容赦してはいない。むろん場面場面でメロドラマ的に緩むとはいえ、実は両村上のほうがジェンダー意識では後退しているように思う。

それはこの頃の宮本輝が、人間の苦悩や過ち、罪責を見ることを大切にしていたからではないか。そして、それは戦後日本の、罪深い男性性から私たちが、何を直視せねばならないかを示唆していると思うのだ。

思い出すのは帚木蓬生の『閉鎖病棟』である。
閉鎖病棟』は、戦争とその後の混乱の中で心に深い苦しみを抱え排除された人びとの挫折と再生を、若者の歩みと交錯させながら描く佳作である。

宮本輝道頓堀川も戦争と戦後の中で傷を抱えた人びとと若者の青春の話だ。

閉鎖病棟』の話の中で、女性に対する強姦が一つの巨大なテーマとして立ち上がるが、それに対する主人公たちの行いはかなり悲劇的であるとはいえ、女性に対する暴力、精神病者の排除に向き合うことで、作者そのものが、医師としてこの社会の暴力性そのもの、つまりは命への抑圧性に気づいているような感触を与える。
その核に戦争がある。
戦争が排除した病者、病に向き合うことが、私たちの戦後日本の治癒を意味するような。

つまり、私たちは他者の尊厳に進入し、それを殴りつけ、脅かし、殺したこの社会の原罪に立ち戻ることなく、平和に、魂を込めることはできないのだ、というような。


戦後的精神とは単なる解放、経済、能天気な平和だけでなく、その半球に、戦争と戦後の中で、罪悪感や痛みを抱えていた人びとがいたことで成り立っていた。
戦争が間違っており、間違った戦争から、復興しても誰も回復などしていないという深い洞察が、日本近代の間違いを見通す目であった。

彼らの後ろめたさ、悔恨は単なる被害者意識だけでなく、自分は間違いを犯して生きてきたかもしれないという罪悪感であり、それは戦争責任を日本人が自発的に問う。唯一の回路であった。

この歴史的経験が深められることなく、忘却され、残った傷と罪だけが名を失い彷徨う。

私たちは出所と来歴を失った傷を冷笑し、軽蔑しながら、抱えているのであり、これをいかなる国家主義で、破壊で、冷笑で、業務で、誤魔化そうとしても病は内向し私たちは滅びをひた走るだけだ。
早く、私たちは立ち止まり出発点を改めねばならない。
いま戦後を問い直すとしたらそれがアンカーだ。