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細々と彫りつける

Concering poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

古井さんのミニアピール「原発と優生思想」書き起こし-緊急企画!釜ヶ崎から被ばく労働を考えるの中から

【資料増補】2015年9月21日中村光男氏講演「釜ケ崎から被ばく労働を考える。」のリポート - 細々と彫りつける

前回ブログの続きです。

 

twitcasting.tv

 

私のスピーチの直前に古井さんのスピーチがあり、バタバタしていて書き起こしができていなかったので、後日聴きなおして大事な内容だと思い書き起こしてみました。

上記動画の58分くらいからです。

その前が千葉県松戸市からの避難者の方の実情の訴え、古井さんのあとが私の震災がれき広域処理、放射能に汚染された廃棄物についての報告、その後が釜ヶ崎で長らく暮らし活動されてきた伊藤さんの熱いメッセージです。

胸のつまるような、福島原発事故における辛く不条理な現実。そこから古井さんが「命の選別をしない社会を」と訴えられています。命を軽視する、格差をつけ、選別するということが原発、そして現在の社会の核にあるものだと私も思います。

みなさんこんにちは。

あの、今、中村さんが喋られたように日本は命について格差がつけられています。

私たち障害者は高度経済成長とともにあってはならない存在として私たちの命がないほうがいいというふうにされました。

この原発事故があって以来どのようなことが起きたかいうことをちょっと説明させてください。 この、強制避難区域では動物たちが餓死したことは、メディアには、外国のメディアに載ってからですけどまだ載ってます。

だけどあそこで、私のような要介護の人たちを餓死させたことはご存じないでしょう。あそこでは、逃げる時に全員を連れて出てません。要介護のいる人たちに、逃げることを誰も言うてなかったんです。だから家の中で彼らは今日ヘルパーさん来ないなあ、おなかすいたな、今日どないしたんやろう、トイレかえてほしいのになあ、おしめ濡れてるなあなんて思いながら餓死しました。

そしてその命の格差がこどもたちにあらわれています。

いま福島では子供たちの命を軽視しています。

あの、木田さんいう方がこの前三月の時に一緒に集会をしたんです。で、木田さんいう方は家が第一原発の三十キロ圏内にある方です。 その方は自分のお孫さんができたといって喜んだそうです。しかしなんと22週にみたないまでに医者はこの子を成長してないのでおろしなさい、次の子供を産むためにこの子をおろしなさいというて勧めたそうです。でも普通考えてみてください。初めての子どもならその子は大事に何が何でも生みましょう、次の子を産むために大事に育てましょうというのが当たり前でしょう。でも、なんで22週までだったかといいますと、22週になると母子手帳が発行されます。母子手帳が発行されたら子供が妊娠したことがカウント(ダウン?)されます。このカウント(ダウン?)されないまでに、22週までに始末してしまおうというのが今の日本の価値観です。 そして、その子供たちはみんな木田さんだけじゃなくて木田さんの娘さんの友達、周囲の方々みんなおろしてしまったこどもたちは、いま、福島医大へもって帰ったそうです。 いまの方も言われていたように、むかし原爆を、原爆が落ちた時は長崎や広島では、ようさんのこどもたちが奇形やといって、できてしまった子供を産婆さんは口をふさいで殺しました。そして殺した子供たちをみんなABCCは持って帰った。それとおんなじことがいま福島で、皆さんの知られていないところでされています。

でもわたしたちは生きてはいけない、んでしょうか。命を格差をここで、つけるような社会であっては、被ばく労働の問題もなくならないと思います。私はどのような命であってもみんなで力を合わせて育てていける、命の選別をしない社会をみなさんでつくっていかなければ、世の中は変わらないと思います。

終わります。