細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

【詩作品】疲労の年代記

疲労の年代記

                                                     石川和広

 

ぼくがその仕事をやめる時

「詩を書いてのんびりしたいのです」といいました。

上司は困ったような苦笑いをして

「そんなん生活できひんけど、本人が決めたらしゃあないなあ」

とつぶやいて、ふたつ分のコーヒーを作ってくれました

 

そんなに非現実的なことを言って仕事を辞めることにしたのは

仕事に行くときも仕事中も辛くて涙が流れるからなのでした

 

泊まり勤務でも時折涙が出ました

ぼくは利用者と外に買い物に出ました 

利用者さんがスーパーに向かって黙々と

歩いていく後ろで

ぼくは声を殺して泣いていました

恋人に電話をしてなぐさめてもらうのです

こんなぼくはどうしようもないと思いました

こんな調子で仕事をしてほんとうに悪いなあと思いました

 

あるとき同僚が一升瓶を持って励ましにきましたが

ぼくは顔を暗くしてうつむいていました

強い言葉で励まされるたび、顔の影が濃くなるようでした

次の朝、友達が帰ったあと

ぼくはブランコに乗りながら

大粒の涙を流しました

青い渦のような空を見つめて

この地獄はいつまで続くのだと空を呪ったのでした

 

その年には二つのビルに航空機が衝突するのを

ひとりで職場のテレビで見ていました

こんな変なことがあるんだなあとがく然としていました

休憩中恋人に電話して「テレビを見て。こんなことが」といいました

 

実際こんなことがとしかいいようがなかったのです

その翌朝、事務所に戻ると

みんな普通に働いていました

飛行機が二機大きなビルにぶつかっても

この世界は普通に仕事をし続けるんだなあと思い

なにか日常が変わると思った自分の

子どもっぽさを思って途方にくれました

それから朝の事務連絡の文書を読み

バイト職員の話に相槌を打ちました

 

その日からまたモーツアルトのレクイエムを聞くようになりました

涙が滝のように落ちながら

死んでいく人々の亡骸の疲労のあとを洗い流すようでした

この世界は疲れている

いやぼくが疲れているのだ

ではなににと思いました

 

風呂のボタンを押して小唄を歌いました

 

笑う子

泣く子もみな

嗚呼 疲れにゃ勝てぬ

時間やソレ

過ぎるよソレ

風呂に入れど

疲れや取れぬ

ああソレソレ

 

出来が悪いなと思いながら

煙草に火をつけ

そうして

大きな窓の向こうに映る

赤紫の冷たい夕焼け空を見つめていました

 

 

しばらく前のお話でございます