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細々と彫りつける

Concering poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

長崎被爆者代表が語る平和の誓いに感じる言葉の力

長崎の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。出席した安倍晋三首相の目の前で、被爆者代表の城台(じょうだい)美弥子さんが自らの被爆体験や被爆者を襲った原爆症に言及し、非核化を述べるとともに集団的自衛権を批判し、武器輸出を批判し、福島原発事故放射能汚染による被災者の苦しみ、健康被害に言及し、再稼働に反対し廃炉を促しました。

とくに語られにくい原爆の内部被ばく、そして福島事故における汚染・被ばくに言及し
さらに反戦を訴えるというのはあまり見かけません。

あまりにもまっとうで完璧な宣言で、安倍総理だけでなく、私たちすべてに
命がけで語りかけてくる、それに理性的で切実です。
言葉の命というものを感じました。
総理のコピペ、焼き直し演説と真逆です。

◆被爆者代表「平和への誓い」全文 
 一九四五年六月半ばになると、一日に何度も警戒警報や空襲警報のサイレンが鳴り始め、当時六歳だった私は、防空頭巾がそばにないと安心して眠ることができなくなっていました。
 八月九日朝、ようやく目が覚めたころ、魔のサイレンが鳴りました。
 「空襲警報よ!」「今日は山までいかんば!」緊迫した祖母の声で、立山町防空壕(ごう)へ行きました。爆心地から二・四キロ地点、金毘羅山中腹にある現在の長崎中学校校舎の真裏でした。しかし敵機は来ず、「空襲警報解除!」の声で多くの市民や子どもたちは「今のうちー」と防空壕を飛び出しました。
 そのころ、原爆搭載機B29が、長崎上空へ深く侵入して来たのです。
 私も、山の防空壕からちょうど家に戻った時でした。お隣のトミちゃんが「みやちゃーん、あそぼー」と外から呼びました。その瞬間空がキラッと光りました。その後、何が起こったのか、自分がどうなったのか、何も覚えていません。しばらくたって、私は家の床下から助け出されました。外から私を呼んでいたトミちゃんはそのときけがもしていなかったのに、お母さんになってから、突然亡くなりました。
 たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に現れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。私自身には何もなかったのですが、被爆三世である幼い孫娘を亡くしました。わたしが被爆者でなかったら、こんなことにならなかったのではないかと、悲しみ、苦しみました。原爆がもたらした目に見えない放射線の恐ろしさは人間の力ではどうすることもできません。今強く思うことは、この恐ろしい非人道的な核兵器を世界中から一刻も早くなくすことです。
 そのためには、核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。
 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。
 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています。小学一年生も保育園生も私たちの言葉をじっと聴いてくれます。この子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませてはならないという、思いいっぱいで語っています。
 長崎市民の皆さん、いいえ、世界中の皆さん、再び愚かな行為を繰り返さないために、被爆者の心に寄り添い、被爆の実相を語り継いでください。日本の真の平和を求めて共に歩みましょう。私も被爆者の一人として、力の続くかぎり被爆体験を伝え残していく決意を皆様にお伝えし、私の平和への誓いといたします。
 平成二十六年八月九日
 被爆者代表 城台美弥子」


東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014080990135521.html

読んでみると平和を包括的な生きたものとして、つまり私たちが語り継ぎ努力しなければ維持できないものとして語っています。

よく平和とか理想というと絵空事といわれたり、原則論を語ると、そんなことでは世の中は動かないというひとがいます。
しかし私たちの世界がどのような努力で出来ているか、それは一人一人が生きてその取り組みが巨大なうねりを作り社会をなんとか維持していると考えると
平和とか人権とか反核とか反原発も立派な生きている概念になるのです。

理想のことをイデアといったりします。実はマルクスやルソーの哲学では、この観念は常に人々の意志やあるいは社会の仕組みによって肉付けされているのです。
それはなぜか。実際に宗教や経済のもめ事、戦争による破壊を越えて、社会が存在している謎に迫るなら、人々が生きている環境や生命の連鎖の中で、人々が知恵を絞って、制度を作り出しているということがわかるからです。

対立があるからこそ、それをぶつけあい、ある統一した考えを作れるとヘーゲルは考えました。ぶつけ合うことで、互いの欠陥が示され補い合うというのです。平和というものは、違いがあるからこそ、その違いの中で人間が生きようとして武力以外の平和的な手段を使うことで、自分たちの仕組みの誤りを分析し正していくことです。

もちろん超大国や資本を多く持ったものが幅を利かせているのも事実です。
彼らは武器や核エネルギーや精密機械で、紛争をしかけたり、私たちの持っている様々な知恵を生活を健康を奪おうとしてきます。それは顔のない仕組みです。
顔のない仕組みこそ抽象的なのであって
この宣言には顔と名前のある一人の人間がいます。

人間が命を持ったただのひとであり、ただのひとであることそのものが
権利=正しさであるということをこの宣言はうたっているようにおもいます。
ただのひとが命を懸けて経験したことから学ぼうとすること
尊敬すること、そういうことは勉強では教えてくれません。

だから偉くなった人は偉くなること自体が今は「割り切れないものを割り切る」ことですから
彼らは人間の複雑で繊細な、そして勇気ある姿を感じることができませんし
それを所有していません。
被爆者の女性はたった一人の記憶と声で背後にある何万の被爆者、戦争の犠牲者の歴史をつきつけています。
それはこの女性が肩書が偉いとか立派だからではなく
必死に生きてきたからです。
人間としてその命を感じて、その命のはかなさに涙して
そしてその強さを知って、生きているからです。