細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

知らない間に水爆症、知らない間に機密法

「知らない間にピカドンで」「知らない間に水爆症」
や「知らない間に機密法」「知らない間に自衛隊
等、今に通じる恐るべき歌詞である。

この歌に歌われているように、1950年代半ば占領から離れた平和憲法の日本政府は、他方アメリカと軍事連携を進めていた。大衆による戦争反対や核の軍事利用反対が高まる一方、日米両国による原子力推進が行われていたのだ。
放射能への市民レベルでの警戒を日米両国が抑え込もうと広島に原子炉を建設する計画があったなど、日米両国による強い推進姿勢が
垣間見える。これはカズニックらによる『原発ヒロシマ』に詳しい。

原発とヒロシマ――「原子力平和利用」の真相 (岩波ブックレット)

原発とヒロシマ――「原子力平和利用」の真相 (岩波ブックレット)

日米の極東での軍事連携と原子力の推進は同時並行的である。
そういう世相において、コメディアンエノケンによるこの歌はいま放射能や政府への不満を自粛する現代の日本とはちがい、不気味な時代にも言論表現の自由が生きていたことを思わせる。
実は第五福竜丸に始まる核実験や放射能への批判や警戒は、エノケンのほか、黒澤明『生きものの記録』にも描かれている。黒澤作品には後の『夢』でも原発事故が描かれている。『生きものの記録』においては、
水爆実験による放射能汚染の不安から一家をブラジルに連れて逃げようとする父は「準禁治産」扱いを受けるが、それでも、志村喬演じる医師を始め、放射能を恐れる人間にも傾聴すべき理路があるとするこの映画には、放射能が人類や生物の未来に投げかけるリスクや不安が率直にまっとうに描かれている。

つまり、この意味で、リアルな実感に支えられた戦争や放射能への抵抗の気持ちは
まだこの頃恐らくはアメリカによって作られた憲法の下にあっても、表現の自由を与えられているといえる。
現在の絶望的な世相よりまだヒューマンなものを感じさせる。
戦後憲法は借り物である。
借り物であるが、人権や平和という理念は間違いなく人類の歴史に裏付けられた
本物である。そのことを思い起こしたい。
私たちは次なる絶望的な50年代にたっているようにも思える。
核や戦争による破局の予感はさらに深まるのに
それへの不安は弱まっている。これを私は日本人の科学的な進歩に思えない。むしろ日本人の実存感覚の退化に思える。
山之口貘の詩を引用したい。

「鮪に鰯」

鮪の刺身を食いたくなったと
人間みたいなことを女房が言った
言われてみるとついぼくも人間めいて
鮪の刺身を夢みかけるのだが
死んでもよければ勝手に食えと
ぼくは腹立ちまぎれに言ったのだ
女房はぷいと横にむいてしまったのだが
亭主も女房も互に鮪なのであって
地球の上はみんな鮪なのだ
鮪は原爆を憎み 水爆にはまた脅やかされて
腹立ちまぎれに現代を生きているのだ
ある日ぼくは食膳をのぞいて
ビキニの灰をかぶっていると言った

女房は箸を逆さに持ちかえると 焦げた鰯のその頭をこづいて 火鉢の灰だとつぶやいたのだ