細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

広河隆一『チェルノブイリ報告』より、被害の歴史を今噛み締める意味

広河隆一チェルノブイリ報告』(岩波新書)

チェルノブイリ報告 (岩波新書)

チェルノブイリ報告 (岩波新書)

191ページより

放射能恐怖症という言葉を、私はこのとき初めて知ったのだ。しかし注意すると、当時は一般的に原発に ついて警鐘を鳴らしていると見られる人でさえ、この言葉を口にするのに何度も出会ったのである。『プラ ウダ』科学部長のグーバレフもそうである。
しかしそれから一年半後の九〇年七月の取材では大きな変化があった。ウクライナ政府チェルノブイリ担当 副大臣のセルデュクは、「もう放射能恐怖症神話はなくなったと考えていいのですか」という問いに、次の ように答える。
「もちろんです。放射能の人体への影響にたいする危惧は現実のものとなったのです。いま直ちに目に見え る影響はなくても、私たちは、汚染地域に住む住民たちの将来の危険性について絶えず注意を払う必要があります。医者の仕事は治療することであって、人々が無知だとあざ笑うことではありません。私たち医療政 策に従事する者は、キエフ及びその一帯の病気の増加数と、全国の増加数とな関連を調べ、チェルノブイ事 故がその増加にどのようにかかわったかを把握しなければならないのです」 しかし事故による放射能被害を軽視する人に特徴的なことは、実際に放射能があらゆる病気の原因になるこ とを無視し、病気を放射能恐怖症のせいにしてしまうことだ。

すでにチェルノブイリでは13年前(チェルノブイリ事故から4年後)にこういう結果になり ウクライナの政府高官が日本人ジャーナリストに、明解に答えているにもかかわらず、また、この本は岩波 書店から12年前に出版されているにもかかわらず、日本はなぜ同じ道を繰り返してしまうのか。 それは原子力側の情報戦争のパターンがそうで、その情報戦争が人間の心理の弱味につけこんだものだから でしょう。
繰り返しますが、医者や科学者の役目は人々の無知をあざ笑うことではありません。
訴えをきき、適切な治療や対策を施したり影響を調査することであり、都合のわるいデータに耳をふさいで、恐怖を煽るなということではありません。

引用を続けます。

キエフ母子センターの主任医師のアナトリー・ネロノフは、次のように言う。 「私たちは、放射能による障害を『第二のエイズ』と呼んでいます。それは人間の免疫機能を低下させるか らです。もう詳しい話は無用でしょう。日本の方々も原爆によって同じ症状で苦しんだのですから」
彼の言うとおり、日本への原爆投下のあと、原爆投下のあと、原爆症として認可される前に、免疫機能低下 のため、人々は風邪や肺炎などと診断されて多くの人が死んでいった。実際のところ、ある病気の原因が、 放射能なのかどうかは、判断が非常に困難だ。特に放射能は免疫機能を直撃するため、多岐にわたる病気が 発生する可能性がある。その病気の原因が放射能にあるかどうかは、医師や科学者の判断にまかされてい る。事故の影響を軽視する人間は、このことを無視しがちに思える。


広河氏の記述は丁寧で考察も破綻していません。しっかりジャーナリストは模範とすべきです。
推論はいびつではなく、被曝について調べたら歴史的にあったことを梃子に考察しています。なぜ、科学者やジャーナリストはその心を失うのだろう。

というのは
私は不思議に思うのですが、放射線があらゆる細胞のDNAや各機能を損傷するのは事実です。公式見解です。
修復も様々ありますが、エラーを正す機能が破壊されたら、細胞はダメージを蓄積していきます。体内に蓄積したものからも被曝します。被曝の生物科学的なメカニズムは複数あり、氷山の一角しか解明されていないのではないでしょうか。

天然核種に付け加えられ、さらに異なった形で、人工の放射性物質は、体内の成分と反応し、未知の反応を起こすリスクがあり、この多くは、しっかりと確かめられておらず、その情報が私たちに公開されてはいません。

また体内に入った物質は血液を通じて運ばれます。そして血液の中には体内に栄養や酸素を運ぶ他に傷を治す血小板や、体内に入った異物を攻撃する免疫細胞が存在します。体外から、さらに体内から放射線の攻撃を受けるとまず血液の中の様々な細胞が痛め付けられ変異していくというのは、論理的に想定できます。
実際に、放射線影響研究所のデータに原爆被爆者の赤血球被曝線量の増大に応答して突然変異の頻度上昇があります。さらに原爆被爆者のヘルパーT細胞の減少が、原爆被爆者の心臓疾患の発症を促している可能性も示唆されています。

ありとあらゆる細胞が攻撃されるのですから、反対に放射線由来だと特定するのが困難です。
さらに、原爆投下の五年間の死者が無視されているのは、事実です。
たくさん被曝したりたくさんは被曝していないが、体力が弱かったり、放射線感受性が強い人々の犠牲は記録に残っていません。
「 ◆確かに、放影研の調査は重要な情報だ。し かし、原爆投下から最初の5年間のデータが欠 けている▽心身が傷つき適切な医療を受けられ なくても生き残った「選ばれた人々」のデータ である▽原爆投下後の残留放射線を無視してい る−−などの理由で、限定的な情報でもある。 」http://m.blogs.yahoo.co.jp/hagure_geka/6534858.html

これはフォイエルハーケ氏の話です。彼は反核ですから、体制側の話も出します。
被曝後2−5年のリスクは、原爆被爆生存者 の追跡データは被曝後初期5年間を含まないた め、5−9年、10−14年のデータから外挿され ている。このため過小評価の可能性があること に注意が必要である 」http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-08-03
こんなに、重大な問題を放置して直ちに影響がないとか、放射能を怖がりすぎだというのはフェアには思えません。


チェルノブイリの場合も、原爆投下の場合も、前者はソ連政府から、そして後者はアメリカや日本政府から統制がかかりました。後者については、中公新書の『原爆と検閲』で明らかになっています。

もちろん原爆やチェルノブイリと被害の形態や様相はちがいます。しかし人体をたくさんの放射性物質が襲ったことは確実です。原爆においても、チェルノブイリにおいても、福島においても、普段は分厚い原子炉に閉じ込められ、さわれないようにしてあった核分裂生成物が人の上に降り注ぎました。中には、短時間で崩壊する核種が呼吸や飲食を通じて取り込まれます。核種ごとの初期被曝量は、それらの核種が急速に崩壊して別な物質に変化してしまうため、正確な算定が困難です。

私は恐怖を煽りたいのではなくて、被曝がやはり、恐怖のせいではなく事実だったというウクライナ政府高官や医療者の言葉を歴史の証言を大切にしてほしいのです。

そこにはデータや人々の証言があります。起きたことにどう対処したかを学ぶことが人類の進歩です。被曝した人を置き去りに地震大国で原発を動かすのはやはり暴挙ではないでしょうか。

私は今日、深津絵里さん主演の『春琴』をみてきました。
とても素晴らしい芝居でした。
私は被曝について、歴史にまなんでほしいと危険派であろうと安全派であろうと呼びかけたい。なぜなら原爆や核実験について、負の歴史があるのをみないで、平和を語れまいし、チェルノブイリ被災国を中心に機器や資力や政治的困難にもかかわらず様々な影響が議論されていて、広河隆一や綿貫礼子ら貴重な報告者がいるにもかかわらず、経緯を踏まえない議論が多すぎます。資料は探せばあるのだから見つけてください。
被曝やガレキについて現実の出来事であるのに、現実を踏まえない議論が多いから書いているのです。辛くて辛くて気になるから書くのです。
私は芸術もしたいし、遊びもしたいし、苦しい自分も考えたい。その中のファクターとして被曝原発の危機があります。
いまの被曝についての議論は広河隆一ウクライナ政府高官に確かめた間違いを繰り返しています。私はその繰り返しにうんざりして書いているのです。
今日の春琴は目を潰す話でした。
しかし脚本家は、春琴のやけどをみないように目を潰す男の選択は正しかったか問いかけています。
私たちの未来を閉ざしてよいのか。私たちはこの胸に問いかけましょうと呼びかけたい。