細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

barakeru hitotu hitotu


私たちは死の町をつくりました。私たちの愚かな政治が、生き とし生けるものの公理に逆らった20世紀の戦後の愚かな私たちの政治が、政治にかかわる思想が、国に係る全面的な戦略のなさが死の町をつくりました。です から私たちはすでにその十字架を背負って国を新たに生まなければならないのです。

国を新たにすることのできない一切の怯懦や、周辺諸国との連帯と緊張のない平和ではやっていけないのです。

私たちの独立や自治は死にました。極右がいくら大声を出そうとも旧帝国は滅ぼされ、ゾンビ的に何かに縋ってしか生きられなかった。その縋るもののひとつが核エネルギーです

核エネルギーによって危うい均衡は保たれましたが、実は核エネルギーは私たちを殺す見えない狙撃手だったのです。私たちは滅びないためにより私たち自身を傷つけてきたのです。

私たちの目は見えない炎に焼かれるでしょう。見えない炎は超微粒子として私たちの身体を焼き尽くさんとするのです。もしそれが定めならば、それも人類の行く道なのでしょう。日本列島も地球の一部なのですから。

自分の口があるのですよ。

私たちが発語するのは一切に逆らって新たな呼気として、そうするのです。
私たちが吐き出す息は、すべての世界との対称の位置にあります。私は宇宙に向かう一個の宇宙です。

語られてきた歴史の中で、複雑な働きが連動して一瞬のうちに語ることが実践されます。語ることを本当に行うことが詩人の仕事であり、詩人とつながるあらゆる存在者の仕事です。

その通りです。飛行場がないと飛行機は飛べませんから。

理想主義ではありません。実際そうしないと一ミリもなにも動かないのですから。

もっととんでもない現実があって言葉が追いついていない。あるいは言葉を持つ人に耳を傾けない。それが危機でなくて何が危機であろうか。

言葉は一番最初に始まりをつげるものであり、これはハンナ・アレントプラトンもそういうでしょうが、同時に、その言葉は一番最後に遅れてゆっくりあらわれるどうしようもなく臆病なか細い存在者でもあるのです。

破壊(と生成)の神がリヴァイアサン(国家という化け物)と戦い、破壊(と生成の)神である地球や核エネルギーが勝利するドラマをみているようだ。しかもわがリヴァイアサンはわざわざ弱い技しか繰り出さない。これでは会場からブーイングが飛ぶ。

見たことのあるものを異なるものの中に置くと比喩が成り立つ。しかし異常な現実に異常な現実を対置してもかなわない。異常に対してはいちばんつまらない、ただそこにあるだけのような当たり前のものをおいて勝敗が決するのをじっくり待つ覚悟を決めねばなるまい。

詰めが甘い人は本当に甘いものの食べすぎなのかもしれない。

ガラス鏡で四方囲まれた中の謎の世界ですべての意思決定がなされているとか思っていた。すると周囲の世界にすべて自分の姿が映っていた。あれらの愚かさは己の生み出した妄像にほかならぬのではないかと思われた。

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