細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

菅谷昭『子どもたちを放射能から守るために』

子どもたちを放射能から守るために

子どもたちを放射能から守るために

 人体の被曝の実態について、被ばくを避ける方法について啓蒙書的に平易に書かれたもの。菅谷昭氏は現松本市長であるがそれ以前から、チェルノブイリによって核汚染が広がったベラルーシで小児甲状腺がんの医療支援などを行っている医師である。
 今回緊急に出版されたであろうこの本は、広い読者層、恐らく混乱している子供あるいは周囲の大人や養育者たちが読めるように平易に書かれているように感じた。Q&A的な章立てで、装丁も優しい感じ。極力、質を落とさずに菅谷氏がベラルーシで感じた内部被ばくの認識、リスクが語られている。僕もずいぶんごちゃごちゃになっていた部分が整理されたように思う。これは保健医療福祉的な問題、もっと大きく言えば人道の問題、さらには現在の人類の在り方というところまで行く話なんだと思う。
 
 もう一つこの本は被曝が明らかになりつつある現在、放射性物質の影響を受けやすい子どもたちを守りたいという思いから書かれ、そういう題名になっている。ある程度高齢の人間は汚染食物を食べたとしても、これからが長く、細胞レベルで放射線の影響を受けやすい子どもたちは極力内部被ばくを避けさせてあげてほしい。それは菅谷氏が長い期間の放射能汚染を懸念していることを示唆する。被曝の危険を訴えてきた医師である菅谷氏にとっても非常に悔しい事態が進んでいるように読んでいて感じた。(僕は残念なことにプロジェクトXで放映された菅谷さんの姿を初めて見て以来である。。というのは、これまでいくつかチェルノブイリのことを書いた本を出されていたようなのだ)
 ベラルーシの少年少女音楽舞踊団とその指導者から支援物資としてかわいい靴下やひざかけ、ぬいぐるみなどといったものが届いた時の思いをこう書いている。
 

 今回の震災の後、舞踊団の指導者であるエレーナさんから、「大丈夫ですか。心配しています」とメールが届きました。「こちらは大丈夫ですよ」と返事をしたところ、しばらくしてこの支援物資が届いたのです。
 私は長いことチェルノブイリ事故による医療支援をつづけてきましたが、まさか支援を受ける側になるとは思ってもいませんでした。汚染地域に生きるチェルノブイリの子供たちが、福島の子どもたちのことを心配してくれている―。その気持ちが、胸にぐっと迫りました。
 核という苦しみを背負わされてしまったチェルノブイリと福島。しかし、起きてしまったことは、正面から受け止めるしかありません。そこからはじめなければ、次に進む方向さえ見失ってしまいます。幸い日本には、最新の医療施設や優れた技術があります。
 もし……。
 もしも、被ばくが原因で病気になったとしても、日本ではすばらしい施設で治療を受けることができます。チェルノブイリと大きく違う部分はここです。そして、被災地の人が安心して医療を受けられるよう、体制を整えるのは国です。政府の迅速な対応が待たれます。
 私は近いうちに、パレースカヤ・ゾーラチカの子どもたちを、再び日本に招きたいと考えています。彼らが元気で生きていることを、日本の子どもたちが知るのはマイナスではないと思うからです。希望を持って明るく生きていくために、子供たちが互いに手をつなぎ、前に進んでいってほしいと心から願っています。

 この部分はこの本の一番最後にあたる部分で、未来への希望と悲観が複雑に織りなしている。共感する人もあるいは違和感を持つ人もいるだろう。僕も菅谷氏が極端な話、今すぐにでも文科大臣や厚労大臣になって大胆かつ迅速な被ばく対策を練ってほしい気持ちにもなった。しかし彼は今松本市長として市民を守る職責の中でギリギリいえることを言おうとしているのだとも思う。この本のいくつもの部分で政府への批判的提言(例えば福島に医療センターをつくる、初動の被曝対策、調査、情報公開の遅れへの批判など、ポーランドベラルーシの例を示しながら話す。ポーランド政府は早急に非常事態宣言を出しヨウ素剤を配布したのにたいし、ベラルーシは初動対応が遅れ、地域も貧しく医療体制も乏しかったといわれている)を行っている。
 平易な言葉の中に批判も入るのは、菅谷氏の現状認識としても広域の汚染が確認されつつある現在、この国は放射性物質の脅威と付き合っていく必要がある、そういうパースペクティブをもっているからでもある。そして恐らくは菅谷氏は被ばくの影響もリアルに体感している。だから子どもたちを守ってほしいという。なぜなら彼自身ベラルーシで小児甲状腺がん治療に携わってきたし、また6年前ベラルーシに行って「甲状腺検査をしますよ」というと朝の5時から並んでいたのだという。それくらい住民を不安に陥れる、長い期間の難しい問いなのだ。
 しかし菅谷氏にはそこで一筋の光として、そういう現状だとしても人間の明日への希望を失ってはいけないという祈りというかメッセージを感じる。子どもたちがガンになってしかし今も生きている現状も伝えている、また同時に被ばくとの因果関係は特定されていないが、恐らく免疫が弱って風邪や体調不良を頻繁に訴える人がけっこう多いことも語られている。チェルノブイリと事故の形態はちがっても被曝は現在進行形の人類の課題なのだ。だからこそ、今そしてこれからのことを考えねば大人の務めにならないと。
 引用した部分は私にとって感動や違和感や複雑な感慨を持って迫ってくる。しかし私たちはなんとか助け合って知恵を出し合ってやっていくほかないのだと思う。とても広く具体的な意味において。


 ちなみに、この本よりもう少し詳しいものは市長会見の記事を読まれるとよい。この記者会見も異例の速さで出されたものだが国の会見でこういう説明をしていたらと思った。この記事は僕も読んですぐこのブログで紹介させていただいた。
「内部被曝とは」チェルノブイリ周辺で甲状腺癌治療に従事した「菅谷昭」松本市長記者会見の抜粋 | ガジェット通信