細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

世に棲む苦の忍び難さと、そのしのぎかたについて

 私は実際子供の頃からあまりおしゃべりが得意ではない。気に入ったことならかなり話せるのだが、そうではない分野や他人に自分の考えや気持ちを伝えるのは苦手であり、さらにいうといじめなどの経験で対人恐怖や緊張度が上がり、おおよそ構えずおおらかに表現すること難しかった。
 しかしそれらは発達段階の悩みであったり、戸惑いであったりある時は情緒不安定による思考のまとまりのなさから来たものであり、実は人とどうでもよいことをたくさん話したいほうである。
 物事や自分の認識を丁寧に説明する必要に迫られたのは知的障害の介助の現場であり周囲の人、ヘルパーの出かけ先の対応、利用者への声掛けなどなど鍛えられた。その際のコツはとにかく真摯にひとつひとつ粘り強く伝える、時には引いてみて機を見るというやり方である。
 
 利用者との場面にもタフなきつい身を削られるようなやり取りがあったのだが、違う形での困難もあった。それは己も含め、自分の個性というかもっといえば個性の偏りを顧みない健常者に対してもであった。特に支援者として自分を特権化する発想は私にもあり、また周囲にも大いにあったから、かなりの衝突があった。支援観の違いもさることながら支援するという仕事自体がどうしても「この人を考えてあげている」というおせっかいかつ権力的な面ももちやすいのだ。
 障害当事者の場合、自分が困っているという認識が流石にあって、そこで誤魔化したり怒ったりはするが実際自分の弱点には薄々気づいているから、私もそこを責めるだけでなく様々な方法でアプローチすることができた

 もちろん障害者であるなしに関わらず、非常に難しい人も中にはおられるし自分のアプローチも今から考えてみれば顔から火が出るほど稚拙なものも多かった。けれども当時の私も、当時の職場の同僚も、なまじ自分がまともな人間だと思われたいという意地のようなものから下りられない。これを健常者コンプレックスと呼ぼう。

 私はそれにずっと囚われている。
 そして健常者であらんとする意識、これはコンプレックスだけでなく、強さにもなる。障害をもった人の特に身近の養育を支える母親は自分がしっかりせねばならぬという意味から、父親は自分がしっかり稼がねばという面から、そしてそれだけではない面もあるだろう。兄弟や障碍者の隣人などになるとさらに様々な位置や応答がある。
 思えば病気になったのは、あるいは以前から妄想や対人恐怖、緊張、パニック、体調の慢性的な不良などなどに苦しめられていたのだが、それはこの社会から下りられないことの苦悩であり、そこから生じる懊悩を知るために私小説や地味な文学から始まって思想や社会福祉まで彷徨してきたのだ。
 これらはすべて自分のことを考えるために必要だったから手当たり次第に読んだり感じたりしようとしたわけで、知的コンプレックスだけの産物とは言えない。このこともうまく理解されない。

 考えても見てほしい。世間というものは駆け引きや取引、あいさつや陰口、権力関係、金銭にまつわるしがらみ、それのみならず親密圏でのやりとりと気を使うことが多いのである。
 ここでは実は率直で飾らない人間が信頼を勝ち得ていくのだが、世知辛い世を生きる中で、相手に負けてはならない、自分を隠さねばならないという形で意地を過剰に張って苦しんでいる人も多い。
 なによりその意地を張っている張本人が私であったし、世のいくらかの大人というものである。そして「大人の男」「できる女」であらんとする気概のある人−その気概はすべてがすべて悪ではないとは思うが−にこの癖が大きい。
 また、その反対に、オタクや非モテカルチャーにひたったり、自分の傷つきやすさを過大に美化する傾向のある人には、「大人の男」「できる女」あるいはそれらに加担追従するダメな大人への敵意がある。敵意があるのは大いにけっこうなのだが、それはこの社会の趨勢への反動にしかならないのではないかと危惧する。
 反動と、健常者カルチャーだけが不毛なたたき合いをしてもしょうがない。
 もう少し差異や様々な人々の動きをその都度見ていかないとカテゴリーのぶつけあいになってしまう。

 私がメンタルヘルス関係の病気になった頃あたりから、多くの人が気軽に精神科の門を叩くことになった。これは文明の変化や、社会の窮状を端的に示しているものともいえる。が現世を生きる辛さが身に応え、それを適切にコントロールできる知恵が社会から急速に失われているからかもしれないと思う。
 そしてこのようなことは恐らくストア派エピクロス派あるいは老荘の哲学以来ずっと語られてきた。
 この世界の現実的諸関係の交通整理の難しさから身をかわしあるいはそのセルフコントロールの作法を身につけ、その難しさの認識から世の中が運営されない限り、この社会は娑婆苦だらけに陥るのだろう。

 であるから宗教や超越ではなく、この世を生きる面倒さ、無目的性を勘案してその辛さを適切にマネージする方法がいる。

 自分が精神科の先生から教わった認知行動療法のようなものに限らず、心身の養生、自己への配慮、それにより自力をつけた上でこの世界を生き抜くこと。

 コミュニケーションは概ね経験から、失敗から学習される。これは他人や事物の存在に出会い、自分の思い込みだけで世が成り立っていないことへの大切な理解の契機になる。ただ失敗は大きなダメージを伴うものだ。ハラスメントもある。ハラスメントを回避し、それから生まれる不毛な関係を改善する方法が必要だ。
 自己認識と文学はこの場面で決定的な意味を持つと自分の場合は思う。経験を適切に語るやり方書き換えるやり方を学ばねばならない。昨日久方ぶりに読んだ戸井田道三や串田孫一のエッセイが収録された
 

老いの生きかた (ちくま文庫)

老いの生きかた (ちくま文庫)

は非常に思考や感覚のしなやかさのつまった小文が鶴見の手によって選ばれている、こういう小さな、生活におけるゆるやかな起伏に富む考察のつみかさねが生活の苦を緩和するために必要なのではないかと思う。