細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

民主主義に必要な要件は本当はごくわずかである。あらゆる人が更地から考えるということである。

 あまりうまく書けないがPTSDや心的外傷あたりについて考えたいと思っている。その中核には経験の語りがたさ、語れなさみたいなものがあるだろう。

 つまりそれは発語すること、主張というつまり自分の考えや立場を表明するという政治的な身振りをたちまち困難に陥れる。
 その困難は精神的な苦境を生み出しらせん状に絶望を強化するのである。

 例えば、自分も苦しい目にあったことはあるがその傷つきよりも、傷ついたことで失われるものが大事であり、その失われたものがたいせつだと思うからだ。恥や、自信のなさ、苦しみ、嘆き。それは人との距離の取り方、付き合い方という自明にみえるものが作れない苦痛から来ている。ある経験や気づきを契機に心にいくつかの引き連れやひび割れが入れば、どこかで人との付き合いは不自然な、自明でないものに感じられるようになる。

 簡単に言えば不信、絶望の状況である。信は疑いとセットになっているが、信や疑いはそれを成り立たせる大地なしには成立しないのではないか。つまり人が何かを信じる、信じないということにも支えが必要なのである。



 ここからが問題である。人は個別的な「私」であるということは、それを支えるために何らかの関係や社会資源とのつながりを必要とする。
 つまり経験による学びや伝手や糧が必要なのだ。
 しかしその基底にあるつながりを自明視できないなら、生きていくことはひどく難しくなる。必要なものを手に入れられない。その難しさを研究すること。

 ではそういう研究をして、なんとか自分の困難や苦しみをあらためて検証し、異なる関係性の中に配置する必要がある。
 その意味で関係性を「生きなおす」「生きなおしながら編みなおしていく」ことが大切ではなかろうか。

 このブログで最初の方に石原吉郎らに言及したことは偶然ではない。彼ら抑留者はラーゲリの体験がしんどかっただけではない。その過酷なトラウマ的な体験をもったまま、もう一度日本社会に戻ってくる時に内的な苦痛や破たんを起こしたのである。それはヨーロッパでの強制収容所からの帰還者についてもいえること。プリーモ・レーヴィは自ら命を絶ち、石原もアルコール依存症に陥りながらほぼ自滅的に亡くなるのだ。普通には脅かされない最後の「意気地」のようなものが掘り崩されていくのだ。

 そういう環境はヨーロッパやあの時代が特別に生み出したもので、日本や東洋はそうではないというのはおそらく間違いである。アジアの独立国やその大量虐殺、いま北朝鮮や中国であるいは日本の貧しい人々の間で起きていることには類似性がある。
 それはあの戦争が起きてから、人々にとって「共に生きる」という主題が自明ではなくなり、それが一部の狂人のたわごとなどとして処理することがもはや不可能になったということである。

 例えば一部の「非人道的」な国が悪事を犯している。だからそれを侵略して民主的な政権を立てるというアメリカの方式もうまくいかない。かといって、非人道的な国や共同体を放置はできない。それどころか我々のすぐ足元にすぐさま「非人道的」になる条件が生成してくる。

 それはもう他人事として避けられないのである。人間として、生きていく、その時に必要なものは何かが真摯に思考されなくてはならない。なぜなら、すぐに素晴らしい国になったり、今ある素晴らしさがただで維持されるわけでもないからだ。私やあなたの力でやるしかない。

 私が苛めという名の学校内での集団虐待でみた光景はこれが失われている光景である。そのようなあり方は現在社会のあらゆるところで生成し、事態を静かに悪化させ、また人々は危機の意識を持つようになってきたと思う。特別に非人道的な環境でなくても、力関係やつながりについて、何よりもその構成員すべてが自覚的に考えなければ、不可避的に暴力の体制に陥っていく。(フーコーレヴィナスにはこのテーマがあったと思う)
 
 私の生きにくさ、その語り、あるいは語りにくさというものを思考したい。しかし絶望や苦痛が、あるいはあきらめがそれを打ち砕こうとする。その「私」固有の難しさをどう共同体と接続するか、接続し、しかし組みなおす部分、私にそうようにしたり相手の考えを聴いたりするあり方が模索したい。

 であるならその仕組みを経験的に、我々の人間の本性にのっとった形で考える必要がある。人間の本性にのっとった形で、暴力的な体制を避けて、その決定にあらゆる人が参画する機会をつくることが民主主義だと私は考えており、この時代遅れの提言こそがこの社会の危機を一定程度言い表しているのではないかと思う。

 民主主義に必要な要件は本当はごくわずかである。あらゆる人が更地から考えるということである。しかしそれが難しいのである。語りがたさや発語や経験を組みなおすことに寄り添わなければいけず、時間がかかるのである。これは社会契約論では、自然状態からの社会契約というフィクションを取る。フィクションの手前にある自然状態を我々は思考するのは難しい。本当は私たちはどうしてこのつながりや連帯を維持するのか、それに参加あるいは離脱するのか、その在り方を変えることが必要であるならどう考えればよいだろうかと問うことが更地から考えることである。

 なぜなら、それはあらゆる人が徒手空拳で生き始める、参加することを認める唯一の体制であり、おそらくは「人間の条件」を解体、再構成、更新し続ける場所だからだ。
 今現在民主制と呼ばれているものと私が民主主義と呼ぶものは大きく違いがあるのかもしれない。ただその仕組みは様々な物事はその都度改めて考え直され、いきられることで成立している。きれいに完結した決まりのようなものはない。そのような体制がないと私は生きられないのではないかと思っている。なぜなら、病気になってから、改めて自分の人生を再構成させるという課題に着手した時、その着手が私一人のものであるとしても誰かとつながっていると信じたいからだ。

 生きなおすことが出来なければ人は生をその精神を更新できない。それは生きなおしたいという私自身の願いが見出したことなのかもしれない。
 しかし、絶えず諸条件にさらされながらその都度、その都度バラバラなだけでなく、そのバラバラさを引き受けながらも、一つの「私」という軌跡を描きたい。これは私の望みである。
 
 その際に様々な条件のちがいはあるだろうが、できる限り様々な条件にあるものを含めて判断するということが重要であり、障害者の問題はその一例である。障害者という枠組みを使わなくても、「参加が難しい・排除されている」人について考えられるならその仕組みを知りたいところでもある。ここはうまく考えきれていない。