細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

恐るべき旅行記

 このページを今日見ていた→KIDDofSPEED - GHOST TOWN - Chernobyl Images - Kidofspeed - Elena

このページはエレナという女性が、チェルノブイリ原発事故で汚染された地域をバイクツーリングする記録であり、そこで撮られた写真から構成されている。ショックな内容もあるがこれは詩ではないかという素朴な素晴らしい文章でもある。


 私はチェルノブイリ原発事故当時、事故に関して多大な怖れと関心をもって新聞の切抜き等していた。子どもにしては熱心にやっていたと思う。熱に浮かされたような感じで、事故当時ワカメの味噌汁を作ってくれと母にせがんだり、雨に当たるのをおそれていたことがある。(これらは雨が放射性物質を含んでいないか恐がっていたせいでもあり、また、ワカメはヨードが多く含まれているためだがパニック状態だったのかもしれない)それ以降も積極的かどうかはわからないが、原発事故のことなどは時々みていたように思うがちゃんとしっかり勉強はしてこなかった。あるときプロジェクトxをみたら原発事故の影響とされる甲状腺がんの治療に携わる医師のことが紹介されたりしていた。→Amazon.co.jp | プロジェクトX 挑戦者たち 第VII期 チェルノブイリの傷 奇跡のメス [DVD] DVD・ブルーレイ - 国井雅比古, 膳場貴子, 田口トモロヲあとNHKでは原爆の特集もよく組まれている。

 広範に土壌汚染、人や生き物への被害が進んだといわれている。正直KIDDofSPEED - GHOST TOWN - Chernobyl Images - Kidofspeed - Elenaをみて、それを確かめるとともに、その汚染は人間の一生が何百回くりかえされれても終わらないものであることを確かめた。(こういうのを永遠回帰と呼ぶのかな)よく我が邦は「唯一の被爆国」といわれる。もちろん核兵器が意図的に投下されたという点ではそのとおりだ。
 しかし、チェルノブイリによる被害もまた、殺戮を続け、人々が生きる土地や人生を奪い続けていることに変わりはない。チェルノブイリが核戦争といえるほどの被害をもたらしたといえるとするなら、今後「唯一の被爆国」とはどういう意味でありうるのか。そんなことも考えてしまった。

 エレナのいう被曝した地域の静けさというものを私たちは人間の滅ぼした/人間の滅びた世界の音と考えることができるだろう。その世界の音のことを心に留めておこうと思う。聞いたことがないけれども写真が映し出している光景には詩的な力すらある。逆にいえば、これもまた詩なのだろうが多くの人が近づきがたいため、それを知ることができないのだ。

 私たちの世界は、あるいはその世界がもたらす様々な力や影響は我々が計測しうるレベルを超えており、それを制御することも大変難しい。おそらく金融危機もそのことを明かし立てているようにおもえる。とはいえ、その滅びにロマンティックに陶酔する時期は過ぎたのであって、その滅びの光景から聞え、見えるものにその正当な位置を与え、時には敬意を払うことが今後の政治にも芸術にも不可欠であるように思える。この奇妙な旅行記の写真は、美しいがらんどうや廃墟、甘美な死などというものとは一線を画した、しかしそれは「美」(といっていいのかどうかわからないが)あるいは、「時間」の流れを示している。それは人間が図らずも作り出した、人間のいない世界の時間である。

 人間が存在する、それらが絡み合う世界、それとともに人間のいるいないに関わらず作動し、産出しつづける世界。

 そこで人間のいる場所は、どうあるべきか、どういるのが最も耐えうるものであるのか。これは原発核兵器だけの問題ではなく、衣食住、健康や精神生活、生産労働、貨幣、資本、情報が連動しあってできたものであり、(もちろん危険なものは廃棄すべきなのであり、むしろ廃棄や危険とともにあり)それを止揚するために前提としなければならない事柄や要素、変数は数え切れないほどかもしれない。

 しかしもちろんこれはSFの話ではない。

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