細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

危機とは

際限なさを断ち切り、世界の無限性に身をさらすこと。それが大事なのであって情報のシャワーを浴びるのは身体に良くない。

世界は様々な資源から構成されている。
したがって、それを適宜様々な形で使ったり体験したりすることが大事なのである。私たちの世界体験に決定的に欠けているのは、ある限られた世界からもたされる際限ない情報に目をくらまされ、世界の無限性を忘れてしまっていることであろう。

結果、体験が枯れていくのである。
意味を問うのが古いという人もいるがそんなわけがないだろう。
意味を問うても仕方ないと知るまでは問うてもよい。
躓くだけ躓いて、その痛みを真実として糧として
世界の実相に少しずつ近づくのである。

世界の実相は実在の形を取るわけではない。
自分がどのような思考の道のりの上にあるかその道のりを歩く理由はなにか。その道のりはなぜそこに道のりとしてあるのか、常に問い尋ねる必要がある。
それを固定化しすぎることに
城塞化することに危機がある。

それが危機である。