細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

雇用-労働以前にあるいはそれに必須なこととして、個々人が生を展開するきっかけ・自由の感覚をつかむことが大切かもしれない。

上(http://d.hatena.ne.jp/ishikawa-kz/20100317/1268788041)の続きである。私は大阪出身であるが、96年就職氷河期に大学を卒業していて、しかもシューカツがしたくなかったしできなかった。いわゆるいかんともしがたい「贅沢病?」とある人ならいうかもしれない社会不適応者であった。
そしてヤンキー≒野郎どもやシューカツ組が適応する(適応できていない人も多いと思う)労働-雇用環境には、私個人として正直非常にしんどいものを感じていた。ここは、わかるのである。彼らが染め上げられ、あるいは「生活のためには仕方がない、あるい自ら進んでそうする」ような労働や雇用の環境は肉体的、あるいは精神的に極めてストレスフルなものだったという経験があるからだ。
 新卒の採用時期を逃すと雇用環境と私の意識はさらに悪くなる。やる気がなくなり、しかしもう正式ルートから外れたので、いろんな求人チラシをみるはめになる。とてもしんどい。対人恐怖や社会恐怖もきついからだ。板ばさみである。
 私は派遣工員として数ヶ月工場での製造ラインに立ったがそれは体力的にきつかった経験がある。しかし当時20代の私は面接官にとって「感じが悪かった」ので、他のコミュニケーションあるいはサービス業的なものには応募する自信もない。(楽しくみんな仲良い職場ですとチラシに書かれている時点でダメである。明るく前向きな人歓迎の時点でダメである。これは恐らく学校時代の同調圧力やいじめなどで苦しかったのが思い出されるから。)またそれ以外の業種の面接も、渋々親を困らせるのは嫌だから、もういかんともしがたい状況で面接に来ているというような「消極的な」マインドの人間を向こうは取らない。こちらもなぜか「死んでも笑顔は作りません」で応じるのでその結果はなにをかいわんやである。(2ちゃんねるで典型的にバカにされそうなニートである。さすがに2ちゃんも雇用環境の悪化を懸念する意見が増えてきたが)
 派遣工員は98年当時しか知らないのだが、どうして肉体を酷使しやすく、文科系の私には、少しは誤魔化せてもつづけられない。辞めてしまった。派遣会社に、いろいろ悩みをいうと派遣会社の職員も最初は「石川くんがんばって」といっていたが、ある工場をやめてからは「使えない」と思われたのか、電話は二度とかかってこなかった。
 もちろんその後ある知的障害者グループホームに仕事を見つけるのだが、(これはサービス業+肉体労働である)職務がしんどいのと、自分が自分の身の丈がわからなくなりコントロールを失い、辞めてしまった。それで病気になり現在に至るのだ。
 ゆえに自分も社会復帰をえらそうに垂れることができない。そうするつもりもまるでない。(社会適応という考えに疑問やわからなさがある私はこれからそれを考え行なっていきたいが)なぜなら私にとって適応なる問題系は括弧いれの状態にあるのだ。(ゴフマンのスティグマや、エスノメソドロジーはそれを今日の日本社会とは異なる考察の角度をもっているかもしれず現在読んでいる)

 だから今日も仕事とは何かとか、「社会復帰」ってなんですかみたいな疑問を主治医にぶつけたのである。なぜなら私は生きていく必要がある。お金がいる。でもそれが障害年金とその他援助ではそれは自分のお金ではない。しかし働く仕組み、社会の仕組みにも違和感がある。私はもう憶測しないのである。主治医の答えはおおよそ次のようなものである。ツイッターの私のログを公開する。

うぇるかめ、久々に亀園さん登場うれしい。

posted at 08:27:57

昨晩は友達のライブを見に行った。久々に聞けた。いろいろ話もできた。今日は月一回の診察。先生とどんな話するか悩み中。でもなるようにしかならんな。

posted at 08:36:45

お疲れ様です。学校は大変でしょう。この社会の中でソーシャルワークが誰のためにありどんな働きをしているか。それに見合った仕組みや人とは何か考えんと有資格者、受験者が増えても意味がない気もしますね。本質論でアレですが。 RT @tzitou: @ishikawakz 合格率競争…

posted at 08:42:16

古くはインテリの社会からの遊離を問うた吉本隆明竹内好の仕事があるな。あと啓蒙主義批判とか…ウェーバーの信条なき専門家批判とか…

posted at 08:46:14

社会的な問題を意識して考えるとき昔はマルクスを読んだりして、んで結果みんなからおまえさんの話は難しすぎるといって敬遠される問題。で、社会的な問題意識を持った人がセクト化する。丸山真男のタコツボ批判もそうだな。

posted at 08:49:09

しかし社会と自分との、あるいは他者との関わりを違和感も素晴らしさも事実認識は生かしたい。だって自分を殺しちゃうの嫌じゃん。これは去勢否認ではなかろうと。去勢否認てのは全能感を受け入れろってことだから、他者を見なくなることだろうよ。

posted at 08:53:34

RT @showgo: 授業を体系化する、というのは教える側のアカウンタビリティのための理屈で、学習者は体系的でなくとも自分なりに構造化したり法則や本質を見つけたりしようとはするよね

posted at 09:42:36

若いまだ髷を結ってないおすもうさん三人と髷を結ってるおすもうさんが一人電車の席に座ってる。電車は空いてる。大阪春場所だったかな。

posted at 10:07:39

診察終り。医師に社会復帰ってどんなん?どしたらいいの?いろいろ抵抗感があるんだけどそれはどうですか?という質問をする。 答えはあんまり難しくなかった。自分の理解では石川くんはもうデイという段階ではない。(続く)

posted at 12:20:20

承前)先生にはデイは基本的な病状の安定と生活習慣の回復という理解がある。いわゆるそれはできてきている。 いわゆる病的状態は脱している。しかし肩を壊したピッチャーがいきなり試合で投げられない。試合で投げるにはリハビリや調整がいる。その段階と考えて…とのこと。(続く)

posted at 12:40:56

さっき採血の番が回ってきて血を抜かれていた(笑)薬も飲んでるし健康状態もわかるのでお願いした。

posted at 12:42:32

まだ先生の話がうまく咀嚼できてないが、もし仕事で自分ができる以上の仕事をやらされそうになったら?ときいたら現実的にできるか考えてできないなら仕事を変えることもあるだろう。しかしまずはもう少しいろいろ動けるように少しずつアルバイトとかはやっていったほうがいいかなって。

posted at 12:45:30

先生は仕事場では難しいことやキツイことを任せられることもある。しかしまずは自分でしたいことをでき、選択できるように自分の状況を調え、しかるべきときに福祉のしごとなどをできるかどうか判断したらよいと。完全納得ではないが見識の確かさは感じられてひと安心。

posted at 12:48:43

社会適応について、あまりにしんどい状態で仕事をちゃんとしろなどと言われたことについては、それは適応がどうこうという状態ではなかったのですといっていた。先生はできうるなら、ある程度元気で、そのうえで自分の選択と自由が最低限できる上で向いてる・向いてない・できる・できないがあると。

posted at 12:53:18

下に書いたようなことはまともな考えだと思う。ただ各論でいろいろわからないこともあるので、具体的にこれから確認していきたい。そうやって自分が元気で社会で生きるにはてことの疑問を先生に問うてもみたい。それはリハビリの一貫であるかなって。制度を使ったなんとやら?でもあるかな。ちがうか。

posted at 12:57:21

(3月16日のツイッターよりhttp://twilog.org/ishikawakz

主治医はバリバリの開業医であり、どっかの法人の理事をやったりやり手らしいのだが、もちろんそれにはいくぶんか抵抗もある。ただいっていることはいわゆる「医学モデル」的であるが、自分にとってよい生活を送るために自分でしたいことを選べるようになること、そのためには健康で文化的な最低限度の生活憲法25条)や支援が必要だということである。そしてこれはひきこもりにも一定程度延長できるのではないかということだ。

 基本的な本人の「自分が生きている」という事実性と意識性(これが社会参加の基本的な基盤であり、そこからどのようなところへ行くか、行かないかが考える出発点だが)なしに、あるいはそれがいちじるしく毀損されている時点で、どっかの合宿所にいれるのはリスキーである。そうしてもよいがそれはしかるべき思想にもとづかないなら、かつて数十年前に精神科入院病棟や、刑務所、現在介護施設などで起こっているのと似た問題が起きる可能性も否定できない。それはその経営者が極悪かどうかは置くとして、端的に、それぞれの利用者にそれが必要なものを提供しているかという視点で見るべきなのである。(これは家族などの親密圏での虐待などもそうだ)最低限人道的、あるいは権利保障的なもの(法、支援制度)が確保されて支援されなくてそれぞれの支援者や当事者のヤル気だけに頼るならば支援は地獄の場になる可能性がどの社会領域でもある。これは、どのような社会領域でも同じことである。その場所で、適切な客観的な形で問題を考え、解決に向かい様々な工夫がされる必要があるのだ。

 つまり、「ひきこもり」自体を治療対象にするかどうかはさておく。だから斉藤環先生のような議論はまず置いておく。ただ、その人の行動を制約している精神的、肉体的、環境的な苦境を少しでも改善し、それぞれが望む暮らしを手に入れるための端緒に立つということが重要である。私は「当事者」という意味を複雑に捉えない。その人自身が困っている、こうしたいということを中心に置く、そしてそのために「何が」「どのように」「必要か」を「具体的に」一緒に考えるのである。その人がもし夜郎自大な主張するなら「なぜそのようなことをいうのか」も丁寧に考えなくてはならない。しかしその都度できることは限られており、それゆえ、もう少しマクロな「政治的」課題が浮かび上がってくる。*1
 ミクロな次元、あるいは個々のケースで精神的、肉体的な治療が必要な場合もあれば、生活環境の閉塞状況を改善する環境改善が必要な場合もある。周囲の人間との関係性を考える場合もある。また、その人とじっくり話し合うことでおのずと解決しうるケースもあろう。あるいはこれらを全て駆使して支援する場合もあろう。つまりこれはケースワーク的に、個々必要な対応がちがってくるだろう。
 もちろん社会参加に原理的に「高い低い」はない。ただ、参加に様々な内的・外的障壁が存在する場合慎重にそこを考察しない限り、暴力的な処遇がでてくることが多い。
 それゆえまずはひとりひとりのニーズや悩み、困りごとを解決する人的、物的、制度的な支援のどれか、またはそれぞれが必要であり、その深刻度に応じてそのメニューは変わるはずである。(私は実は仕事を辞めて苦しかった頃あるひきこもり支援団体に、いったら「半年で就労できるようになる。心配ない」といきなりいわれたケースがある。僕に同伴したものが「話が一方的すぎる」と代弁してくれて助かったことがある。またちがう団体の茶話会のようなものにいったが継続的な利用はしなかった。また公的な保健センターに相談した際も、あまり思わしくない対応だった。これらはすべて私の印象であり自分で利用法がわかってない部分もあった。ただひきこもりや目だった障害がなく社会参加が難しい場合にはどう支援や相談するかという方法論じたいがうまくできていない気もする)
 またあまり問題を複雑化しても当事者にも周囲の人にも届かない。その考察のポテンシャルを落とさないままで届く、あるいは「伝える」ための方法が難しいが必要だ。その表現スタイルは率直簡明なものや介入から間接的なものまで様々あり、その都度に応じる。これは今回の討議でも同じである。(だから私は自分の言い方はややこしいが、ある程度仕方ないし、上山さんの表現も酒井さんの表現もそれぞれの言葉の運用の仕方があると思っている。もちろん引っかかることも当然ある)

 まさに「ソーシャルケースワーク」である。

 上山さんは私より圧倒的多数の事例を知っておられるはずである。それゆえ、一般的にこのような傾向が引きこもっている人にはあるという意見をもっておられると思う。だから私のほうがまちがっていることも多々あると思う。ただ、ここで酒井さんの観点を取り入れるのが有益だと私が考える理由も簡単である。それはまずいろんな人が「ひきこもり」にまつわる議論を共有することで、それに直接関わっていない人からみえることもあるということに尽きる。さらには、社会をどう考えるかという学問をおそらくは研究職にしてお金を得るよりもご自分の必要からやっておられるように感じる。

私は上山さんの経験を本で知るものだが、そこには己の経験や福祉や、様々な生活体験から類推可能なものとそうでないものがある。

 ただ私が思うことはただひとつである。上山さんを取り巻く、(あるいはおそらくはひきこもっている人を取り巻く)状況は、自分が自分の生活を切り開く主体であるという尊厳をいちじるしく傷つけられやすい状況にあるということだ。もちろんそんな「尊厳」などというものはないという人もいるだろう。逆に「当事者」をちやほやする人もいよう。しかしそれは無視してよいと個人的な私の意見としては思う。なぜなら、自分がこの存在を生きているんだという事実、思い、具体的な事柄なしに「苦労せよ」もへったくれもないからだ。その基底的な次元でそのひとは大切にされたりしなければならない。(これはその人の自己愛だけを尊重するといったこととは質的に異なる。それぞれが生の苦難や様々な出来事の中で自ら自分の生を形づくっていくという事実認識である。だからある場合には本人が実現不能、あるいは他の人をどう考えてもいちじるしく侵害する恐れがあり、本人にも誰にも益のない願望について、それをどう実際の場面でなしうることにしていくためにともに考えることである。願望と実際をどうつなぐかである。*2)それが「尊重」である。過保護も「放置」もそれはその人の尊厳や自己イメージを危うくする対応なのだ。「べてるの家」の考え方でひとつだけ面白いのは「当たり前の苦労を取り戻す」ということだ。それは「苦労」「忍耐」を先行させるのではない。「苦労するための」「主体」「自分の選択の自由」自体が侵されているあるいは自ら放棄、阻害しているということだ。そこを回復したいということ。
 あるいはそこがガタガタゆるぐからこそ、「辛い」筈だと私は思う。これは己の精神疾患経験から類推可能である。べてるの家がうまくできているかはわからないものの、そこを回復することで、やっといわゆる試行錯誤の苦労を自分にとって単なる迫害体験だけでなく自分を力づけるものとしていくのである。
 ソーシャルワークで重要なことは、まずひとりひとりがそれぞれに固有の「生活」を持っていることを重く見ることである。次に、しかしそこから一定程度、問題となる事柄のパターンや法則が見いだされた場合には、それを「連繋」「協力」して解決するわけである。

様ざまな形態をもって行われるソーシャルワークは、人びととその環境の間の多様で複雑な相互作用に働きかける。その使命は、すべての人びとが、彼らのもつ可能性を十分に発展させ、その生活を豊かなものにし、かつ、機能不全を防ぐことができるようにすることである。(ソーシャルワークの定義( 2000 年7 月国際ソーシャルワークhttp://www.socialwork-jp.com/IFSWteigi.pdf

 
 上山さんに「ソーシャルワーク」には何かもっと可能性があるといわれた言葉を思い出すのです。それを思い出すとき上のような言葉がまさに大事ではないかと思いました。

 私は、上山さんは今日の社会における「ひきこもっている人」を憂慮する人として見ている。しかし誰でもそうだが、ひとりで考えるのには限界があり、協働する良さがある。(ドゥルーズ=ガタリもそうなのだろう)その可能性を模索する中で酒井さんを見いだしたことは意味があろうと感じている。もちろん酒井さんにも酒井さん個人の持つフレームがあるだろう。それは私も上山さんも形は異なるが個人である限り見える世界に限界があるのである。だからこそ互いに学びあうことに意味があるだろうと考えるのだ。
 またガーフィンケルが属するシカゴ学派は、当時のシカゴの移民問題、貧困問題、都市問題などなどについて研究し社会政策福祉政策へのビジョンももっていたようである。(おそらくこの社会学周辺についての事情は酒井さんは知見をお持ちのはずである)つまり人口構成、都市や町の環境、そこで取られている人々の生活、それに対する政策との関連がある。(そのあたりはこちらを参照→*3
 最後にシューカツ的な雇用環境もまずいし、肉体を酷使して指を切断したり、被曝したり過労死したりするブルーカラーの状況も、なんとか改善する必要がある。そのような基本的な就労の場がない人もいる。シューカツにより新卒者は早くから、活動を開始する圧力を受けるし、新卒が重用されるなら、中途採用や、高齢の失業者の可能性は狭まる。これはすでに私の見立てでは、あまり誰も「得」をしないモデルなのである。

 しかしそれぞれが己の生活を作る土壌からまず育てていかねばならず、それはおそらく「ひきこもっている」人のみならず、現在苛酷な労働に従事する人にも異なる形で問われている。またそれを使用する人も、現在の雇用労働環境をマトモにする努力をしなければ、そこから労働力を供給すべき日本社会は衰退する。あるいはそれを故意か不作為かは知らぬが見過ごし、その現状を強化する政府は破滅の道をつくっていることを思い知る必要があるだろう。

 そしてそれと同時に様々な不遇な環境にいる人がより自らの力で自分の生を形づくっていけるようにする必要がある。このマクロとミクロの作業は簡単に連動せず、原理的にも難しいものの、少しずつ議論や提言、実践(プラクティス)を積み上げるしかないだろう。それでも無理なら私たちの社会は深刻な機能不全に陥る危険性を充分もっていると私は観測している。(希望を安易に捨ててはいけないとは思うが)
 ただしかし私としては最大限個個の人の歩みから生み出されるものが大切だと思っている。それは知的障害者介助の現場で学んだことである。

 とはいえ、私はとりあえず医療者から見ると「軽いバイト」からと見なされている。だからどの程度この問題に具体的に行動できるかはわからないけれど、上山さんや酒井さんのそれぞれの議論で関わりのある部分で、いくつか発言することで己の社会における位置を考えていくきっかけにできればと現在思っている。

*1:しかしここで現行のマイノリティ団体でもうまくいかないケースがある。障害者団体の反対が多かったにもかかわらず自立支援法が施行されたケースもある。ただマイノリティの政治という次元で考えても上山さんのいうケースや他の障害当事者運動でも「当事者とはなにか」は非常に問題的である。そもそもエレベーターがないため、(80〜90年代の身体障害者は様々にソーシャルアクションを起こしてもそれが実際につくのにはとてつもない時間がかかったり、実現が難しいケースすらある。ただ千葉県の地方銀行のように、ATMを使用できない視覚障害者が窓口で大目の手数料を払わねばならなかった問題は少し改善の動きがみられる。またバリアフリーに配慮した建物も建設されているケースもある。しかしこれは街づくり、都市構造の問題もありまだまだである。

*2:3000円の所持金しかないのに、俺はCDを10枚買いたいと言い出した場合、どれか一番いい奴を選んでもらうとか、安いCD屋に行くとか実際家に帰ってお金を取りに行くとか、よく考えたら貯金がないので。それが今できそうなことか考えた上で、もし出来るなら実際にプランをたててもらう。またヘルパーのつく時間が限られていたりもする。それをする場合、なぜしたいかどのようにできるかは少なくとも一緒に考えた上でやってもらいたい。私はそういう支援をかつて知的障害者の人たち相手にしていたので

*3:西川 知亨「シカゴ学派都市社会学のアジア「親密圏」分析への応用可能性」https://www.gcoe-intimacy.jp/images/library/File/working_paper/%E6%AC%A1%E4%B8%96%E4%BB%A3%E7%A0%94%E7%A9%B6%EF%BC%93%E3%80%80%E8%A5%BF%E5%B7%9D%E7%9F%A5%E4%BA%AB.pdf