細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

デイケアの料理プログラムについて

土曜日は実は頭が大混乱してへとへとだった。しかし昨日ゆっくり休んだから今日はデイケアへ行けた。料理であった。
料理プログラムは昔は苦手だった。僕はイラチな上に、家で料理を作るので、他の人がいろいろ手間取っているとついイライラしていた。しかし最近は参加している。なぜか。それは昼飯代が浮くという実利的な理由もあるが、もうひとつ一人で飯を家で食うより、人と一緒に食べた方が楽しいからだ。
そしてもうひとつ、自分が昔イライラしていたのも、自分のある了見の狭さだったのである。ほかのひとと協調するというのは、他の人に負けないように頑張って早くするだけじゃなく、他の人のゆっくりさから学ぶこともあるからだ。
自分は焦燥感が強いので、すぐイライラする。それが人を追い詰めることも、人を助けることもある。単一の価値観で「俺はダメだ」とか「お前はダメだ」という不毛なやり取りをしないのも大事なことなのだ。

自分が問題を理解する、他者が問題を理解する、つまり相互がある情報を共有するには、それぞれの過程がある。もちろんやってはいけないことは、理屈がドウであろうとダメなのだということもある。ただ、それぞれのもつ個別性がうまくリンクしない限りは料理だってうまくつくれないし、味は別として「おいしく」食べられない。

それにはとにかく知恵を出し合い、相互のやり取りを行なう。わからないことは聞いてみる。よく状況を知るということだ。