細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

公示の

かなり前に各党のマニフェストを読んだ思い出がある。結果、大まかな国家デザインの見取り図とか分析はどの党にもほとんどなかったように思う。

もちろん各論ではちがう。それはわかった。ではその各論を支える大まかなコンセプトとか見取り図がお世辞にも立体的ではない。見え難い。これは企画書や、お客様へものを売るときの説明としては失格であると思う。

使える金も税収も少ないのはわかっている。だからどっかは削ってどっかから持ってくるという議論にはなる。けど、素人考えでも社会保障に限ったとて、こんなの焼け石に水だろってのはわかる。それは今の仕組みでは焼け石に水だってことだ。「税金の無駄遣い」は官僚のみのせいか。それもある。しかしそれだけではないことは明白だ。実際に危機的な状態であり、政治はそれに応える責務がある。

無駄遣いだけが問題なのか。成長戦略やある程度ニュートラルな分析はないのか。

一体今どういう世の中になっているかを分析し、それを示す。それぞれの党の立場で。その上で、今ここが問題ですという重点課題を述べる。そしてその問題を治す目的は究極的にはこのような社会にしたいからですと書かねばならない。その上でこのような社会にするにはこういう政策が必須ですと説明する。その手続きがかけている。民主的な合意を売るための選挙でこの手続きがかけていることが非常に?である。皮肉をいえばヒトラーも国家デザインは示した。ケインズだって何だってある程度妥当性のある分析と提言でなければ受け入れられなかったはずだ。大事なのは手続きなのである。言論による提言が重要なのだ。暴力革命をあまり肯定しないならば。

石橋湛山は「小日本主義*1といった。これは当時の「アジア主義(あるいは大日本主義)」*2の対極であろう。多くのナショナリストは、アジアへと範を拡げ、つまりは支配権を拡張し、アジアの盟主となることで西洋列強に対抗しなければならないといった。しかし石橋はそうやってまず中国に侵略して領土を広げるなら経済的、国際関係的なリスクが増大すると経済学的見地から述べた。つまりそれでは損すると。だから小さいながらも西洋との関係改善や交易の拡大、アイディアの提供により西洋に負けない独立した国づくりは可能だといったのだと思う。

江戸時代の政策は鎖国である。しかし鎖国というより海禁政策と呼ぶほうがよいという*3鎖国というとかなり国を閉ざすことになる。しかしある段階まで幕府は北方ロシアや中国に対する情報はもっていて、あまり盛んにすると列強に食われることを知ってはいたようだ。出島などいくつかの部分に制限しながらも、半島や琉球に外交官の行き帰りがあった。
民間の国際交流は制限していた。おそらくこのことが肝なのだろう。が、江戸も後半になると薩摩藩などは琉球との独自ルートを持ち、彼らはそれゆえ維新をリードしえたのである。

つまりこれからの世界の中で日本がどういう仕事や位置を占めるのか。北欧だって、ただ福祉国家になったわけではなかろう。彼らなりの国家戦略なのだ。その国の得意なものを伸ばすことで、ある部分では劣ってもある部分でリードできる。日本の場合それはなんなのかとかそういうこと。それでなくては日本に住む意味が消える人も多かろう。しかし簡単に海外に移住できない人も多い。どうするか。ナショナリズム化してもしょうがない。少なくとも今よりは多くの人の暮らし向きに道をつけないと、国力の大幅な低下は避けがたい。そのことから各党目をそむけているように思う。しかし多くの人が気になるのは、日本が今より治安の悪い、福祉の行き届かない、あるいは住んでてしんどい国にならないにはどうしたらいいかということだろう。

内村鑑三の「代表的日本人」を読んでいると、上杉鷹山二宮尊徳の藩ごとの内政改革(福祉、経済対策、開発事業)がどういう「道徳律」(あるいは思想)から行われたか描いて称揚している。私はあまり感心しないものもあるが、どういう思いで、あるいはどういう目的で政治行動を行うのかマニフェストにはそれを書いてほしい。でないと、誰が本気なのかまるでわからない。

今回は、自公政権もヤバイが、民主も社会民主党国民新党と連携するという。しかし素人考えからして、社会民主党国民新党がどこでどうつながるか理解に苦しんでいる。もうちっと考える。

代表的日本人 (岩波文庫)

代表的日本人 (岩波文庫)

石橋湛山評論集 (岩波文庫 青 168-1)

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