細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

お金は「ある程度」必要です

まあいろいろ考えることはあるのだが、端的に言う。「お金は生活するためにある程度必要なのです」と。

僕は文学をやっている人間なので、お金より心だと思う部分もなくはない。ただ、大正時代の私小説のファンだった僕は、その凄絶な文学追及に驚きながらも、しかしこれは子供の頃からの抑圧された生活に違和感を持ち、自分から無茶をして、あるいは嫌われて労働の生活からはぐれ、その結果、借金がかさみ、寂しさから異性や、酒を止められなかった人の記録に思えた。このことを考えてみたい。

太宰治が敬愛した葛西善蔵が私は大好きだった。しかし彼は東北から出てきて文学を志望しながら、社会不適応を起こし、常に借金し、その生活の荒廃から結核に感染し、酒に溺れ女にだらしない生活だった。彼は自らの才能を信じ、また過信していた。弟子とも言える作家嘉村磯多に後述筆記させながらも、いじめたりしたので、嘉村でさえ辟易していた。その嘉村も強烈なコンプレックスにさいなまれた小説を書き続けた。またもう一人葛西の周囲にいた牧野はユニークな幻想私小説というべきものを書きながら、その生活圏からでることすらできず、村の生活を嫌悪しおそれながらとうとう納屋で首を吊った。


今回「子をつれて」を参照する。図書カード:子をつれて

この三四ヵ月程の間に、彼は三四の友人から、五円程宛金を借り散らして、それが返せなかったので、すべてそういう友人の方面からは小田という人間は封じられて了って、最後にKひとりが残された彼の友人であった。


葛西は今の医学・福祉的な枠組みでは、ほぼアルコール依存症かもしれないと思ったりする。
これは自己責任だろうか?そこで僕は悩むのである。困ったおっさんだと思うが、しかしそれをわざわざあけっぴろげに書くというのは、その題材に意味があると感じたからだろう。

たったこれだけの金を器用に儲けれないという自分の低能も度し難いものだが、併したったこれだけの金だから何処からかひとりでに出て来てもよさそうな気がする)彼にはよくこんなことが空想されたが、併しこの何ヵ月は、それが何処からも出ては来なかった。何処も彼処も封じられて了った。一日々々と困って行った。蒲団が無くなり、火鉢が無くなり、机が無くなった。自滅だ――終いには斯う彼も絶望して自分に云った。
 電灯屋、新聞屋、そばや、洋食屋、町内のつきあい――いろんなものがやって来る。室(へや)の中に落着いて坐ってることが出来ない。夜も晩酌が無くては眠れない。頭が痛んでふらふらする。胸はいつでもどきん/\している。……

このような表現は彼の依存心を差し引いても、相当ヤバイ。
葛西の借金相手Kがたまりかねて、葛西の自己欺瞞を指摘するところがある。

「……そりゃね、今日の処は一円差上げることは差上げますがね。併しこの一円金あった処で、明日一日凌(しの)げば無くなる。……後をどうするかね? 僕だって金持という訳ではないんだからね、そうは続かないしね。一体君はどうご自分の生活というものを考えて居るのか、僕にはさっぱり見当が附かない」
「僕にも解らない……」
「君にも解らないじゃ、仕様が無いね。で、一体君は、そうしていて些(ちっ)とも怖(こわ)いと思うことはないかね?」
「そりゃ怖いよ。何も彼(か)も怖いよ。そして頭が痛くなる、漠然とした恐怖――そしてどうしていゝのか、どう自分の生活というものを考えていゝのか、どう自分の心持を取直せばいゝのか、さっぱり見当が附かないのだよ」
「フン、どうして君はそうかな。些とも漠然とした恐怖なんかじゃないんだよ。明瞭な恐怖なんじゃないか。恐ろしい事実なんだよ。最も明瞭にして恐ろしい事実なんだよ。それが君に解らないというのは僕にはどうも不思議でならん」
 Kは斯う云って、口を噤(つぐ)んで了(しま)う。彼もこれ以上Kに追求されては、ほんとうは泣き出すほかないと云ったような顔附になる。彼にはまだ本当に、Kのいうその恐ろしいものの本体というものが解らないのだ。がその本体の前にじり/\引摺り込まれて行く、泥沼に脚を取られたように刻々と陥没しつゝある――そのことだけは解っている

葛西にとって、彼の生活という題材は詩や文学として結晶した。しかし少し売れてはその倍使い尽くしてしまう。働けばいい。しかし働くことができない。恐らく微妙に予感されているのは「俺は文学者という立派な仕事をしている。だから働いてやるもんか」という正体不明の誇りと意地の結合である。これは多くの場合怒りを買う表現だ。しかし当時も現代もこのような心境を生み出すこの世の事情は変わっていないように思われる。

多くの「文学者」は自称としかいえないものなのだ。芸術とは、そして芸術のよってたつ人間の生存は「不安定」そのものなのだ。

「泣き出すほかない」彼のしかし同時に現代の私の感覚からいうなら、彼はそうして文章を書くことが唯一の生きる場所だったのかもしれない。しかし葛西は自分の妻や不倫相手を振り回す卑劣な部分もあったのだ。

Kは例え話する。

「何と云って君はジタバタしたって、所詮君という人はこの魔法使いの婆さん見たいなものに見込まれて了っているんだからね、幾ら逃げ廻ったって、そりゃ駄目なことさ、それよりも穏(おと)なしく婆さんの手下になって働くんだね。それに通力を抜かれて了った悪魔なんて、ほんとに仕様が無いもんだからね。それも君ひとりだったら、そりゃ壁の中でも巌の中でも封じ込まれてもいゝだろうがね、細君や子供達まで巻添えにしたんでは、そりゃ可哀相だよ」


自分は葛西の文章を読みながら、その当時僕は20代フリーターだったと思うが、自分がいつこうなるかわからないという深甚とした恐怖と戦っていたように思う。自分が家を出たら高踏的で、しかも打たれ弱い僕は倒れてしまうだろう。その後自分は介護の仕事につくものの精神を病み、一旦出た家に戻ったからである。そのとき「詩が自分の生きる場所かもしれない」と思ってしまったからである。

葛西は恐らく恥ずかしくて家に帰ることができなかったのだが、しかし家に帰ってもいる場所がなかったかもしれない。なぜなら妻をほったらかしにして出たからだ。当時なら男が「一旗あげる」という自意識は強かったはずである。しかし強烈に貧乏な彼はもう手段を選ぶ余裕はあまりない。もう少し頑張れといえるかどうか。

「一体貧乏ということは、決して不道徳なものではない。好い意味の貧乏というものは、却て他人に謙遜な好い感じを与えるものだが、併し小田のはあれは全く無茶というものだ。貧乏以上の状態だ。憎むべき生活だ。あの博大なドストエフスキーでさえ、貧乏ということはいゝことだが、貧乏以上の生活というものは呪うべきものだと云っている。それは神の偉大を以てしても救うことが出来ないから……」斯うまた、彼等のうちの一人の、露西亜文学通が云った。

こういう話を聞いても葛西は弱り果て、あいまいな態度のまま自分の疑問・問いをゆるめようとしない。
知り合いの警官にもこういわれる。

「そりゃ君不可んよ。都合して越して了い給え。結局君の不利益じゃないか。先方だって、まさか、そんな乱暴なことしやしないだろうがね、それは元々の契約というものは、君が万一家賃を払えない場合には造作を取上げるとか家を釘附けにするとかいうことになって居るんではないのだからね、相当の手続を要することなんで、そんな無法なことは出来る訳のものではないがね、併し君、君もそんなことをしとってもつまらんじゃないか。君達はどう考えて居るか知らんがね、今日の時勢というものは、それは恐ろしいことになってるんだからね。いずれの方面で立つとしても、ある点だけは真面目にやっとらんと、一寸のことで飛んでもないことになるぜ。僕も職掌柄いろ/\な実例も見て来てるがね、君もうっかりしとると、そんなことでは君、生存が出来なくなるぜ!」
 警部の鈍栗眼(どんぐりまなこ)が、喰入るように彼の額に正面(まとも)に向けられた。彼はたじろいだ。
「……いや君、併し、僕だって君、それほどの大変なことになってるんでもないよ。何しろ運わるく妻が郷里に病人が出来て帰って居る、……そんなこんなでね、余り閉口してるもんだからね。……」
「……そう、それが、君の方では、それ程大したことではないと思ってるか知らんがね、何にしてもそれは無理をしても先方の要求通り越しちまうんだな。これは僕が友人として忠告するんだがね、そんな処に長居をするもんじゃないよ。それも君が今度が初めてだというからまだ好いんだがね、それが幾度もそんなことが重なると、終いにはひどい目に会わにゃならんぜ。つまり一種の詐欺だからね。家賃を支払う意志なくして他人の家屋に入ったものと認められても仕方が無いことになるからね。そんなことで打込(ぶちこ)まれた人間も、随分無いこともないんだから、君も注意せんと不可んよ。人間は何をしたってそれは各自の自由だがね、併し正を踏んで倒れると云う覚悟を忘れては、結局この社会に生存が出来なくなる……」


警部は「覚悟」という。この警部とのやり取りはリアルだ。
しかし自分は何かの悪循環につつまれ、見入られ「よくない貧乏」を生きている。しかし「こんな自分でも生きてよいか」と恐らくは葛西は聴いて回っているのである。それは実は自分のやりたいことを否定しなければ「生きていけないかもしれない」という実感である。しかし自分はなぜか「文学しか」生きる場所はないと信じ込んでいる。この心を明らかにすることもない。

しかし奥さんや不倫女性にさんざん迷惑をかけても、こうはいうのだ。気まずくて払う家賃もなく、子供をつれて放浪する場面で。

で三人はまた、彼等の住んでいた街の方へと引返すべく、十一時近くなって、電車に乗ったのであった。その辺の附近の安宿に行くほか、何処と云って指して行く知合の家もないのであった。子供等は腰掛へ坐るなり互いの肩を凭(もた)せ合って、疲れた鼾(いびき)を掻き始めた。
 湿っぽい夜更けの風の気持好く吹いて来る暗い濠端を、客の少い電車が、はやい速力で駛(はし)った。生存が出来なくなるぞ! 斯う云ったKの顔、警部の顔――併し実際それがそれ程大したことなんだろうか。
「……が、子供等までも自分の巻添えにするということは?」
 そうだ! それは確かに怖ろしいことに違いない!
 が今は唯、彼の頭も身体も、彼の子供と同じように、休息を欲した。

おそろしくみっともない。しかし彼はいわないのであるが、自分にこのような苦労やいつ倒れるかしれない生活を強いているものがあるという直感があったから、彼は書いて自分の生存を証言することをやめないのである。彼は父権主義的なサイテー男である。しかしサイテーだろうがなんだろうが、現代の人権の概念はこの男を助けるように要求するだろう。しかし現状はそうなっていないだろう。
それはもちろん社会の仕組みのせいであることが大きい。

いや「こんな輩は救うに値せず」という人はいるだろう。

ただそう言い切るとしこりが残る。僕自身は自分の生活を国家の福祉や、様々な人の協力により成り立たせている。私も高踏的である。しかしその意識は「何かに追い詰められて」発生したことを否定できないのである。また僕が借りを作っているように感じることも否定できない。

その「何か」はずっと宿命といわれてきた。しかしそこまで、決定的な何かだろうか。少しずつ解きほぐして、少しでも息苦しさの理由を問い尋ねれば、何かが少しは変わるかもしれない。葛西のみっともない小説はそのための素材をそのみっともなさのまま、提示しているのである

「息苦しさ」はお金がなく食うて住むことが難しいこととして現象する。
しかしでは「お金」がなければ生きていけないのはその「事実」は確かだ。だとして、そのお金はどこから来るのか。もちろんまずは福祉だとはいえる。その当時は恤救規則というきわめて不完全な生活保護システムしかなかった。これは重病人や老齢者や、親のいない障害児などにわずかな保護しか与えない。今の生活保護でさえ、様々に行き倒れる人を出すというのに。ここでベーシックインカムという構想も出て来うる。なるほどそうかもしれない。しかしベーシックインカムについて胡乱な僕である。

その今の所得保障制度の不完全性をも葛西の私小説作品は逆証明するかもしれない。日本社会は「恩恵的なまでに親切で、恐ろしく冷たい」面をもつ社会なのには変わりない。それは「普通の生き方」なるものを裏切ればすぐあらわれる側面だ。

次に国民経済の充実といえる。しかし葛西のような呪われた生は更に根本的な「不正」からの解放を求めている気がするのだ。それは葛西自身も葛西に親切に金を貸す人間もそれ以外の人間の間にも等しくあるような「不正」なのかもしれない。曖昧な表現で申し訳ないのだが、だから葛西は友人に金を無心して歩き続けていたようにも思える。

最初に「お金はある程度必要なのです」といった。これは間違いない。しかしそれとは別に解いておかなくてはならないことがあり、そのために葛西は書いたようにも思うのだ。それは人間の矜持はどこから来るかということだ。お金がなければ、生活や精神は簡単に壊れる。しかしお金を与えるだけでは再建されないものもある。落ち着きはする。しかしそこからだ。いやこの国の仕組みは絶望的に仕事をするか落伍するかという二極化をおそらくは解決していないのだが。だからそこまでもいっていないから、福祉や権利は絶対必要なのだが、そこに関わろうとすると葛西のような「逃れがたい」困難が支援するものも、その全てを襲う。この小説はそういう彼を救おうとするものと彼自身の根底にある困難の構造そのものである。それはお金や経済と切り離しがたく結びついた生きることの不安・不信・自信を問うのである。

それは「不信」のような、ものだろうか。


この小説は「早稲田文学」1918(大正7)年3月に発表。補助線として、大逆事件の8年後とか、治安警察法の8年前である。ソビエト政権はもう誕生しており、第一次世界大戦の最中。スペイン風邪が流行し、日本では大規模な米騒動が起きている。1918年とは - はてなキーワード