細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

購入本

 昨日外出の折小さな本屋で。

壁 (新潮文庫)

壁 (新潮文庫)

 驚いたのは、石川淳が序文を書いている。しかもこないだのイスラエルでの村上春樹の「壁と卵」のお話よりさらに深い感じの「壁と人間の行為の自由の関係」を石川淳が短い序文で書いてしまっている。

ところで人間の智慧がすすむと、壁のほうでもだまって引っこむやつではない。こいつ、やっぱり人間がそこにあたまをぶっつけてくれることを好む習性がある。しかも、馬鹿なことに、どうしてもそこにあたまをぶっつけなくては気がすまないという人間がいる。そこで、壁と壁派の人間とが共謀して、四方八方どこを向いても壁だらけ。敵はあくまでも人間の運動を妨害するために、圧倒的に逆襲してくる。部屋の中にいてさえも、壁は風雨を防ぐという著実な役目をわすれて、積乱雲よりもうっとうしく、時計の針も狂うほどに、人間を圧しつぶしにかかって来る。壁の復讐、地上至るところ地下室です。これでは、いかなる智慧者でも当惑するでしょう。このとき安部公房君が椅子から立ちあがって、チョークをとって、壁に絵をかいたのです。
 安部君の手にしたがって、壁に世界がひらかれる。壁は運動の限界ではなかった。ここから人間の生活がはじまるのだということを、諸君は承認せられる。諸君がかくてつれ出されて行くさきは、諸君みずからの生活の可能です。どうしてもこうなっていく。この世界は諸君の精神をつかんではなさない。というのは、そこに諸君の運命が具象化されているからです。

こういう淀川長治ばりの名調子で、これはまだ序文の途中なんです。で、ブザーが鳴りめくるめく感じで…

早くよんでたらよかった、安部公房。絵入りだし!

今日家でいろいろ書き物などをする。少しずつ頭ましになったか。夕方、出かけて商品券を金券屋で換金。駅前の古本屋を物色。2冊をゲットした。

小僧の神様―他十篇 (岩波文庫)

小僧の神様―他十篇 (岩波文庫)

志賀直哉は先輩の詩人の方とお話していて、なんとなく話題になりこれもなんとなく避けていたことが判明。もっと、昔はディープな私小説にはまってたから。しかしこの短編集での志賀直哉は今のところ、非常に繊細かつ豪胆な説話というかそういうものの書き手である。当時の世相を書いてもいるが、人間が生きている限り体験しそうな当てどない心の揺れをしっかり書いている。それがなぜかお話=寓話のようでもある。小僧の神様などまるで、絵本みたいなタイトルだが、異常に渋い。赤西蠣太は完全に大人の恋愛小説である。
これも早く読めばよかった。180円でゲット。

次に

それでも人生にイエスと言う

それでも人生にイエスと言う

装丁は自己啓発風ですらある。タイトルも。しかしフランクルが戦後早い時期に行った講演らしい。フランクルは自分が強制収容所から生還したことを書いた「夜と霧」が有名。これは読んでいた。「死と愛」とか読もうと思ったら「それでも人生にイエスという」が古本屋に。この本のタイトルは実際被収容者たちが歌った歌のタイトルから取られている。どんなにひどい状況下でも、そこには生存を持続させる何かがあるというフランクル
けっこうくさい話かなと思ったら20世紀以降人間はかなり絶望的な状況が当たり前になったのだからこれは引き受けた上で変えていかんとなみたいな本当にリアルな話の模様。さっき引用した安部公房の「壁」の序文にも通じる。講演の年代は昔だが、今でも生きている課題。国民国家における戦争における罪の引き受け方についても言及している。国家が責めを負った時一国民はどう考えるか。実は一個人でしか責任なんてないのではないかとフランクルはいう。その部分を立ち読みしたら意外とリアリスト。全部ちゃんと読もう。

広告を非表示にする