細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

迎える

 今日、とっても天気が良かった。朝から近所のボーリング場に行き、ご飯を食べて帰ってきた。近所の服屋さんでウインドウショッピング。街を行きかう人を見る限り、どこが不況かわからないのだけど、知っている限りで何人か職を失う人がいたり、親戚で工場は儲からないし年だから年金暮らししようかといって町工場はたたむ人もいる。年だからもう工場の仕事は身体に堪えるということもあるようだが当座のお金に困るわけではないようだ。しかしこれくらい身に迫る形で社会の変化が見えるのはグリコ森永事件でグリコのお菓子が撤去されて以来の感じだ。あの頃は小学生で小学生のお菓子というのは大変身近なものだからだ。


 これから色々な形であまり見慣れない変化や不安に見舞われる可能性もあるように思える。でも、せめてちょっと言い回しはあれだが、「愛と希望」は失いたくないものだなあ。


体調もまずまずだし、春も来そうだ。なんか今年は新しいような懐かしいような気分で春を迎える。こんなくすぐったい気分はひさしぶりである。春は本来気分的に苦手なのだけれど。そもそもかつては春を「迎える」なんていいかたをしなかった。春は「押し寄せてくるもの」だった。命がいっせいにあふれる季節だからかなあ。

冬から春に変わるとき、何かが死んで何かが生まれるような…


 下の動画がすごくかわいかったのでリンクします。
http://www.youtube.com/watch?v=1zRbS_Lj6U0