細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

これからの社会保障に関するずぶの素人のメモ

将来の年金給付2割目減り 現役収入比で50・1% - 47NEWS(よんななニュース)
ふむむ…まあわかってるんですが。
もらえんの二割りも減るの?何年後、ふむふむ…



で、どうしたらいいの?


昔はどーせもらえねえんだからと年金や社会保障に関して
ほっかむりしたい気持ちもあったのだが…


そういう個人的な問題ですらない。


社会保障は社会連帯的に支えあうとよくいうが
麻生首相も自分は病気しないのになんで俺ばっか高い保険料払うのという。(この場合は医療保険だが、しかし他の社会保険方式にもあてはまる)社会保険の原理から考えて、困った時に給付される形でペイされるからかけている訳だし、ほとんど病気せずに一生を終えれば生きている間分は「安心」を買ったのだ。麻生さんは「安心」はタダで買えると思っているのだろうか。
自分が一応暮らせている感が当然のように与えられているという発想である。みんなで考えを出しコストも配分しなければ安心立命はないと私は思っている。
しかしこれは麻生さんだけの「割り食っている」感ではなく幾ばくカの人が自分だけは痛い目にあっているという被害感かもしれない。ということは、たとえ麻生さんや、それと似た考えの人が間違っているとしても、社会を支えるコスト感覚に不正なものがあるという意識は、広がっている気もするのだ。


しかしではどう考えるべきなの?


日本あと50年くらいで高齢化率35%くらいになるよ。
俺は85です。今20%越えている。15年前は14%。


どんどん給付をカットしたら年金をもらう額が異常にすくなくなる。
保険料を上げていっても天井知らずだ。だから2004年には
保険料をあげる上限を決めたよね。でも、そうだったら
やはり給付はへるよなあ。

国民年金満額で今、年79万くらいだよな。これで生活なんか
どう考えたってできねえよ。家や貯金とかあるいは頼れる人がなければならない。で、そういう人も多いと思う。それがいまより下がって基礎年金満額で年額60万だったら、もうさらに生きていけない。


厚生年金だったら今上のニュースだと、月22万。
でもこればっちり働いてかけてってことだよね。
しかもそのモデルで30年後26万で代替率50,1%。
ってことはさ所得が月50万くらいの家庭だわさ。
30年後にそれだけの給料もらうにはどうするんだろう。景気が上向き順調に給料もあがらないといけない。我々ががんばるとしても経済界や政府が賃金や生活保障をがめたら、こうならない。我々が次々とヤル気をなくしたり、身体を壊しても同様だ。おそらく理解ある政府や企業体と、鬼のような労働なしにはむずかしい。なんとなく非現実的な数値である。素人の実感だからまちがっているかもしれないが。だったら20年後のある家庭の月給水準が35万で
代替率が最悪の43%だったら15万円。それで途中リストラとかあってた日には…また離婚やら、単身で子育てなど家族機能の変動は難しいだろうけれど、どう考えてもどこかにいれこまないといけない。換算のやり方がいまいちわからんので不安ばっかりだが、今の景気からなんとかマシになって、根本的な少子高齢でエコな社会体制にのっとった社会保障改革を10数年でやると???それで20年後に軌道に乗せると…できそうもねえ。なんか発想の転換が必要だなと思う。あとで2冊紹介するのはそういう意味で。


あと生活保護を批判するけど
生活保護がないともうヤバイお年寄りの人も多いんだよ。

だから環境に考慮しながら、経済もそこそこでまともなものとなり、過労死や自殺やその手前にある一切の苦しみがマシになる要因ができて不規則な生活をしいられる苛酷な労働が変化すれば、おおむね社会的な苦のある部分が減れば、医療費だって減るし、自分が満たされるまともなものをそれぞれが暮らしに導きいれられるようになれば、人びとの剥奪感は減るかもしれない。それには生きている実感を獲得する質的な自由と、高度な自治の感覚が必要であり、自分が単なる捨てられる歯車である場合、それぞれの社会構成員の士気と健康、治安全般が低下するだろう。こういう政治参加の風土全体の問題も大きい。もちろん実存の問題も絡む。しかしこういう経済だけでなく意識におけるデフレスパイラルも大きな問題だ。

それは今の持分でも少ないのにそれを減らされたり奪われることからくる不安が蔓延しているからだ。そのためにも実は真摯でまともな提案こそが必要なのだろう。


それから個人的な話。
俺は頭がパー(つまり精神病)になってかれこれ4年前?年金申請。年金だってもらうの抵抗あった。だってかけているからもらえるんだけど、世の中に申し訳ないっていう気持ちがあるんだ。
けど働けねえ、親のこづかいもらってたらもっと辛い。
じっと我慢して金を使わなかったら生活が広がらない。
つまり社会復帰の手がかりがない。親に万が一があれば俺も撃沈。


そういうリアルな検討の結果、障害厚生年金を申請。
俺は頭がくるくるしてうごけねえから、親に手伝ってもらう、また近所の支援センターの職員さんも書類のチェックやアドバイスをしてくださった。まず今通ってる病院以外の診断書以外にも初診の病院の証明が必要だ。それと年金の申請書。初診証明は傷病が昔だとけっこうむずかしい面がある。というわけで正確にはいくつかの書類を社会保険業務センターに送る。裁定には3ヶ月はかかる。


年金の裁定はきびしいといわれる。俺も数ヶ月のあいだ、いわゆる収入はなく家でもんもんと暮らす。
もらった当時は障害厚生年金2級だったな。しかも支払いがその間できないから、免除するのだけど年金額はけっこう減る。
やはり病気は経済的な価値観オンリーだとかなり損である。しかしべてる式に考えると、損してちがう得をとれるみたいにもなる。(べてるの家について以下エントリ参照http://d.hatena.ne.jp/ishikawa-kz/20090218/1234921101



さて病気だとかなんだとかで年金とか傷病手当てとか労災とか雇用保険とかいろいろあるのだが、そういう保険を必要とする事案が個人にふりかかったとき、その個人は実は疲弊して動けなくなっている場合が多い。役所への距離はとても遠い。
ひとつには相談支援の拡充。

しかし、社会保障給付に必要なお金が経済悪化や少子高齢化で、あるいは場当たり的な応急だけでは足りなくなるのは目に見えている。パイの奪い合い、あるいは連帯への不信が始まる。麻生さんの発言は学問的にはアウトだがある種そのことを予告している。これは病気やけがや年老いても我慢せえってこと?


どうしたらいいか。


1.最近読んでいる鈴木亘氏の本では世代間での支えあいである賦課方式は先の世代にどんどん負担を先送りしていく。として個々人の積み立て方式に戻すことを提言している。これなら親はもらえて俺はもらえないという未来への不安は緩和される。自分で積み立てた分が帰ってくるので。あとは政府や官僚がその場しのぎで出す政策やデータを改善するよう考える必要がある。この本は仕組みの話、非常に詳しい。連帯より自助のほうに傾いている気も。やはりこぼれる人は出るのかな。(これは田中秀臣氏のブログで紹介されていた本http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20090203


2.最近はやりのベーシックインカム。これも勉強中。全個人に無条件に所得保障を行う。中味はまだきちんとは把握していないけど議論はいろいろあるようだ。もちろんそれ以上に働ける人は働いて稼いでもよい。最低所得保障を行うことで労働時間を社会やコミュニティを考える公的な時間や生きる質を上げる方向にもっていける。しかし財源というか保障のためのお金をどこから調達するのか。希望もある反面、かなり抜本的な社会の構造と意識の変化が伴わないといけない。その変化についていけるか多くの人が混乱するリスクもある。

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)


1は世代間のあるいは未来に向っての不安の解消である。2は生存が保てるかどうかの苦しみから人を解放しなければ社会が立ち行かないという危機感から出ているように思う。
しかし山森さんの本も、鈴木さんの本もまだ読み終わっていない。

あとこれ

「小さな政府」を問いなおす (ちくま新書)

「小さな政府」を問いなおす (ちくま新書)

それから意外なことにこれ
国家〈上〉 (岩波文庫)

国家〈上〉 (岩波文庫)

それとこれ。モアの時代は産業革命で農民が土地を奪われ、都市化や貧困の問題が出てきそうな予感があって。で、どうすれば所有の問題を考えうるかみたいな。
ユートピア (岩波文庫 赤202-1)

ユートピア (岩波文庫 赤202-1)


社会保障なんかイランという人はまあいない。しかも仏教では生老病死という生きる上での基本的なリスクがある。これを放置していたら日本の社会自体が危機になる。実際自分も年金を申請しもらう中で、それがおおよそ自立支援みたいなものとしても非常に不安の多いシステムだと感じた。そこで社会保障を何のために必要で、どうしたら維持可能で、どのように民主的な公正さを守れるかに課題がある。そうこれは実はどの政党も避けることのできない。大きな課題である。社会保障の問題は日本の経済状態や、社会構造、人口構造への対処と連動する課題だからだ。


こないだ思想地図vol2の田村哲樹頂きもの - tamuraの日々の雑感ベーシックインカムと個々の市民の政治や議論への参加への動機付けの関連の議論も参考になった。これは借りて読みました。申し訳ない。