細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

いやではない、けど、やっぱりイヤかもしれない―鮎川信夫を読む②

カズオ・イシグロと併行して「続・鮎川信夫詩集」を読む。こないだ声に出して「秋のオード」とか「落葉」詠む。非常に感動する。
 とはいえ、この詩集にはどこか投げやりな口ぶりがある様な気がして気になっている。

 されど、気になるフレーズがいくつか。

鳥獣や花をつくりだすまで
人間の仕事は
けっして明るくならない
その暗さで
紫檀の光沢は深まってきた

鳥や花をさがすように
言葉を探すのはしばらくやめよう
わたしが生まれるずっと前からそこにある
気味わるい沈黙を深めるために…

鮎川信夫紫檀」より最後から2連引用)

 ということはやはり「明るく」はないわけである。それから、自然に祝福されているような関係が人間にあるのではない。というか書く者にとって実はないのではないかということがある。
「生まれるずっと前からそこにある気味わるい沈黙」というように、人にとっての「得体の知れないありのまま」とは実に人を居心地悪くさせるようなものなのである。

 この「居心地の悪さ」こそ鮎川の詩が僕に感じさせるものかもしれない。先日のエントリーで、僕は鮎川にも「人並みに年をかさねる」部分があったのではないかともとれる書き方をしていた。そうなのだが、人が年を重ねる、あるいは人があることの奥にある「気味のわる」さがそこには常にあるのだ。これがうまくいえなかった。
 
 田村隆一は、どれだけ深刻であっても、ある種の厭世観もあってこう書ける。

木はたしかにわめかないが
木は
愛そのものだ

田村隆一「木」より)

 田村だって何かから隔てられているのだけど、何か確かなものへの希求が歌える地点を確保しているのだ。

 次に北村太郎

くしゃみをし手鏡をのぞく
わたくしの一日はもう終わりですと呟く
なにも見えない
匂いもない

北村太郎「秋の週休日の夕方から夜へ」より)

なにも見えないといいつつ、どこか安堵のため息も感じる。北村にとっても自然は超越的であり、それほどの身近さとはちがう。それは、厳しさや辛さに訪れる。けれど、くしゃみもそうだけど、それではっとしたりするような何かではあるのだ。

 いささか田村や、北村について恣意的な引用をしてしまったかもしれない。けれども、どこかで安息や安心立命の場所がこの二人にはある。たどりつけなかったりノスタルジーとしても。そしてそれは、人のこころにとって大切なものである。まずいいたいのは、四季派、モダニズム、西脇順三郎と彼らの淵源はたどれようが、それにしても実は彼ら「荒地」は一枚岩ではないのである。
 仲のよしあしでない。西脇が後期、散歩の中で見たものからインスパイアされるような自然への窓を田村や北村もまがりなりにも、もてた。死者にさいなまれながら、死者もそこにふくまれるような宇宙の遠さもまた人を支えているというように。

 なんとなく鮎川が異様なのは、こんな願望があらわであるところ。

路上のたましい

鮎川信夫

どこまでも 迷って迷って
家のない場所へ行ってみたい

どこへも帰りたくない
憧れにも恐怖にも 母にも恋人にも

暮れ残る灰色の道が
夕焼空にふと途切れている


 この詩は短い。かなりぶっきらぼうだ。それに普通にいやがっているようでもある。また、人間的なつながりの拒絶でもあるようだ。けれど、これもまたやはり普通に人間の心の場所なのだと僕は思う。北村も田村も安易な救いというものを拒絶している。けれど、そのことで帰かえって助かる部分があると思うのだ。けれど、なんとなく鮎川がつらいのは、こういう形で望みを述べるところである。逆にいえばもっとも身も蓋もなく「何もかもイヤだ!」と絶叫するところ。それが、僕にはどこか恥ずかしく、しかしどうしても「そうだよな」と思える部分なのだ。

 
おーい、と呼んでも答えはない
あとずさりする水平線にむかって
くりかえしくりかえし問うてみる――
生きねばならぬ生活は
何処にありや、と
鮎川信夫「もう風を孕むこともない」)

人間くさい
古シャツはぬぎすてよう
あやまちはあやまちとして
天気は神さまに、世界は新聞に
心配事は他人にまかせて
陸のウニはもうごめんだと逃げだそう
(同「夏への挨拶」より)

 なんとなくこれらもすご〜くわかるようにも思う。けれど、鮎川の「生きねばならぬ生活」と僕のはちがうかもしれないのだけど。ただ、自由であったり、個人であったりすることが気楽でなおかつ辛い反面、これは嘘なのだといっているようでもある。ふたつ目の詩はおもしろい。無責任節なのだが、きっと非常に真面目に考え、こういうあり方でしかいられないのだというような。

 人間嫌いだったり、最近で云うと吉本が「今の若い詩人には「自然」がない。「無」である」といったことなどが思い出される。僕は吉本さんよりは少なくとも若いから「若い詩人」なのだろう。別に反論する気はない。
 けれど、「無」つまり美しさとか好もしさがないこと、もっというと情緒の支えとなる自然的なものが「無」いのだとして、人が古来から詩や歌に求めたものは「おのずからなる」ような美しさやこころばえや、悲しみや歓喜だというのはそのとおりだ。我々は花や空をみて様々によみがえり、きもちよくなるというのは事実。また、いわゆる「現代詩」的でないものがいくら浅はかな形を取りがちだとしても、
恋心や、人生や自然を主なテーマにし続けていることは疑いがない。これ自体は人間の自然である。
 けれど、そこからとりこぼれているものが多いので、たとえば鮎川だって「天気はかみさまに 世界は新聞に」まかせて詩を書いたのだろうと思う。
 その鮎川だって人間の心や自然を知らなかったわけではない。けれど、それと真逆に行ったり、どこへも帰りたくない衝動が根底にあったから、それを無視しないで詩を書いたのだと思う。それもまた(浮かれや遁走という心の)自然であるように僕には思える。それがまたある種の桎梏となったため、そこから別の方へ展開することが大事でもあるように思う。ただ、それが過去のつながりの上で「現代詩」的の形をしている。鮎川の場合もそうであるということは、是々非々で考えたいと僕は思う。歯切れ悪いけど。

 けして単純ではないのは、かれは人工性めいたものを今の時代をおおいつくすものとして受けとめ、自然から疎外されているというだけでは、どうにもならないことを知っているように思えることだ。自分の情に深く囚われながら、この情けが他人への冷たさとして機能していたように感じていたことだ。彼はアメ車に乗り、住所をけしてあかさなかった。送り先は甥の住所であり、甥の住所で甥の孫とファミコンをしていたときに倒れて亡くなったといわれる。
 今ならばプライバシーの観点から自分の住所を明かさない人も多いのだが、そういう伝説が残っている。

 たとえば、愛ということを考えてみよう。愛というのは、やはりどこかで受けとめる・出会うものを選ぶというか、どうしようもなくそうなってしまうもので、そのときはそれ以外の道はみえない。つまり愛は地球を救うどころか非常に排他的なのである。しかもその出所は自分でありながら自分でしかとは制御できない。だから、自分を滅ぼす危険がないとはいえない。
 それよりももっと恐いのは実は心のうちにある愛を秘める場合、そこから自分と他者の違いが生まれるということだと思う。他者との距離が生まれるのだ。愛の強い人は実は孤独なのだと僕は思う。
 それへの両義的な感情があるから、僕は鮎川に気味悪さを覚えながらも、なんとなく気になってしまうのである。
 僕は人を求める。寂しさや不安からしかしそれは愛と呼べるのかどうか。あるいは、愛は恐いものだから、僕は愛することをどこかで恐れさえする。

「なぜ?」について

鮎川信夫

陸橋のうえから
鳶の目で
プラットフォームの岸辺をながめた
腹のなかには
さっき波のうえをすべっていた魚が
あおむけによこたわっていた

飛びさるときには
皮膚のしたに
あたたかい街をもつだろう
血のなかに
一匹の魚をもつだろう

何時
何処でも純粋な「なぜ」は
ぼくをすこしも驚ろかさない


鮎川は死んだもの以外を深くは愛せずに死んだのだろうか。
純粋を嫌悪しながら自分は純粋だと感じていたのではないだろうか。


妹のところへ電話をかけようとして
ぼくは暗い路地を走り出た
どの家も寝しずまっていて
まがりかどにオレンジの外灯がひとつ
近くの闇を照らしていた
こんなふうに父が死ねば
誰だって僕のように父が死ねば
誰だって僕のように淋しい夜道を走るだろう
崖下の道で息がきれた
明るい無人の電車が
ゴーゴーゴーと僕の頭上を通過していった
   ……苦しみぬいて生きた父よ
死にはデリケートな思いやりがあった
ぼくは少しずつ忘れていくだろう
スムースなスムースなあなたの死顔を。

鮎川信夫「父の死」より)

どんなイメジを選んだところでわれらの人生なんてロクなものではない
鮎川信夫「生き残った者のためのエピタフ」より

地獄のヴィジョンのうえで安眠できる老人は
幸福である 証拠はない
(同)

 「父の死」を読んでなぜか安心する。しかし死はおもいやりなのだろうか。やっぱり生きることがつらかったのだろうか。戦争の死者や友達のことをおもい辛かったのかもしれない。けれど、脳天気な僕は「愛」ゆえの苦渋まではなんとなく共感しながら、でも生きるってそんなイヤかなとも思う。いや、嫌な気持ちは今までもいっぱいあって最近はやっとちょっと生きなしゃあないとおもう。けれど、その気持ちがどれくらい強いものかは自信がない。
 あと、「ドア」という言葉が頻出する。鮎川の詩にはやはり出口となるドアがないのかな。