細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

読了本

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

小説は映画といくつかちがう。以下はそのポイント。安西とのかかわり、秘密。また悠木自身が抱える家族との葛藤。これらは安西燐太郎(安西の息子)と悠木が山に登るシーンの背景になっている。
また、北関東新聞社は「専務派」と「社長派」に二分されており、この派閥争いが安西の死や社員の様子に大きく関わっている。
遺族の姿はあまり出てこないが、この事故を遺族ではないものや様々な人が語るための葛藤が強く出ている。悠木が失った部下「望月亮太」の従兄妹の読者投稿が、悠木にジャーナリストとして更には一個人として取材対象そのものにどう関わるか大きな再考を促している。神沢のその後の描写をも考えれば、小説は全体にコミットメントをめぐるドラマとしての性格を持つ。事件や取材対象に関わる時、その記者の来歴や受けてきた傷が大きく影響していると訴えているようだ。

隠された証言―日航123便墜落事故 (新潮文庫)

隠された証言―日航123便墜落事故 (新潮文庫)

クライマーズ・ハイ」の大本にある日航123便の墜落に関する事故調査を批判した本。著者の藤田氏は元パイロットでパイロットの時代から乗務員組合の中で事故調査に取り組んできた。
驚くのは事故発生当初、自衛隊や米軍は墜落位置をいち早くつかんでいたこと。米軍のヘリの兵士が事故現場への降下をしようとしたにもかかわらず、自衛隊からの連絡でとりやめられたこと。また、御巣鷹山から数キロも離れた地点が事故現場としきりにアナウンスされ、猟友会や消防団など地元民は不信の念を抱いていたこと。

本丸は事故原因。圧力隔壁が壊れ、その空気が垂直尾翼を吹き飛ばしたこととする事故調査委員会の報告に藤田氏ほか様々な航空関係者は異議を唱えてきた。なぜなら、圧力隔壁が壊れた場合、客室内は2万数千フィートの気圧まで落ちる。これを急減圧と呼ぶ。しかし、内部告発資料での様々な罹災者の証言からも、急減圧は起こっていないと考えることが妥当なこと。急減圧が起こると数分で意識レベルや動作が低下する。18分も酸素マスクなしに機体の安定に必死だった操縦士らの行動はありえないことになる。
急減圧説が壊れたら、圧力隔壁が壊れたという説も怪しくなる。藤田氏の仮説では垂直尾翼の舵が構造上元々弱く、これが空力学的に激しくゆれたため、垂直尾翼の上部の多くが損壊し、それが飛行困難をもたらしたのではないかという。

私は専門家ではないけれども、大きな真の事故原因隠しがあったことは想像に難くないと思った。どの程度かはわからないが、乗員の安全より、航空会社、航空機メーカー、そして政府各機関の存亡が大事だったのだと思うと苦しくなる。大きな事故が起こっても、真摯な真相究明が行われない理由はシステム自体の保存が最優先だからだろう。藤田氏はもう「内部告発」しかないという段階に社会が至っていると考えている。そしてそれは世の中をみるとき事実なのである。個の倫理は儚いものでありながら、決定的な戒律になりうる。レヴィナスのことを思い出した。

全体性と無限 (上) (岩波文庫)

全体性と無限 (上) (岩波文庫)