細々と彫りつける

Concerning poetry,radioactivity,disability,and so on(詩、放射能汚染、障害などについて)

この先には教科書で参照できるような分かりやすい処方はない。歴史の濁流が待ち受けている-参院選・障害者殺傷事件に思う

  最近はっきり言わなければという思いと、しかしはっきり言うのが難しいという思いとがぶつかり合って、結局とりあえず状況に対してもやもやとした対応しかできないということが多い。それでものすごくフラストレーションが溜まる。

 しかしむしろフラストレーションが溜まるのも当たり前の状況となってしまい、さりとてはじけることもできず、やはりもやもやしている。

 例えば参院選のことと、知的障害者殺りく事件がそういう思いなのである。なので、もやもやしたままいろいろ書いていくことにする。とにかく自分は書くことでしか落ち着かない人間なのだから。

 参院選について言えば、私のように左翼的な人間には厳しい結果になった。私は昔の言葉では左翼ですらなく、元々は政治に関心がありながらもどうしていいかわからず、また精神病がひどい時は世の中のことを考える力すら失っていた。自分が障害者の介護をしたり、自分も精神科に通うようになったりしてこの社会の偏りが気になってきて311以降その危機感は大きくなったという人間である。

 しかしもはやこの社会は左翼的な考えが影響を持つことが難しくなった。右翼が増大しているのは安倍政権だけのせいとは言えない。非常に長い、おそらく戦後体制の崩壊に近い現象が起きていて、これはつまり野党がだらしないとかアベ政治は許さないとか、そういう部分的な答えでは到底満足できない現象だ。

 憲法改正阻止ということが一つのテーマになっていた。それは政府与党自民党憲法改正案がこのブログでも言及したように、非常に危険なものだからである。それは日本国憲法立憲主義・平和主義・人権の尊重という原則から非常に後退しているものである。

 しかし近代人権法典として自民党改憲案が問題だということ、与党は経済格差を広げて不平等と不自由が強まっているということを野党が指摘しても、自民党はじめ改憲勢力は負けなかった。

 それは私は、人々が人権や憲法というものが大事なものだという実感が多くの人に失われてきていること、格差や不平等は「努力しないものが悪い」という自己責任の風潮が強まっているからだと思っていた。しかし私は甘かった。その意味で敗北していた。

 それは「風潮」どころではなく、現代の日本の構造が、かつて仮初にあった福祉や人権というものへの配慮を失った形に経済や社会構造が再編成され、人々がその社会に適応してしまい、貧乏も苦悩もしょうがないと、それでも文句を言うならそれは文句を言うやつがわるいという風になっているからではないかと思う。

 その風潮がもはや一部の人間の乱暴や極端な考えではなく、けっこうな人数に広がっているのではないかと思わせたのが知的障害者の殺傷事件である。

 

 私は、発達障害の診断を受けた人間である。私は長らく精神科に通院している人間だ。そういう人間からしたら、この事件大変怖い。多くの皆さんは気にしないでいいとか、一部の人間だとか言うのかもしれないが私は自分が障害の傾向があるのでとても他人ごとには思えない。自分は殺される側だと強い衝撃を受けた。また自分は知的障害者の介護の経験もある。その当時かかわったみんなのことをおもいださないわけにいかない。

 しかしそういう傷つきを持ちながらもさらに思ったことは、これまでこの社会は障害者のことをみんなが自分と無縁でないものとして真剣に考え、制度や社会の中でともに生きれるように工夫してきたかということだ。

 いろいろな努力がなされ、グループホーム発達障害者の支援や差別解消の法律が作られた。しかし障害者介護の現場で、見たのは、今も多くの障害者が一般社会の就労や学び、社会活動とは別に作られた施設や場所で、一生を過ごす姿である。また社会の多くの者ではなく非常に限定された関心のある人々だけでこの問題を扱うには大きな限界があるのに、その業界の内部と外側がおおよそ共通の議論の基盤すらつくれていないということだった。

 それは私が通所した精神科デイケアでもそうであった。多くの人が疎外感を抱いている。それは私たちが障害を負っているからだけなのか。そうはとても思えない。病気はあっても、それゆえの苦悩だけでなく、人とつながれない、孤独だ、自分の力を発揮できない、育て方もわからないということが悩みでこれは多くの者と同じ悩みだ。

 しかしこの精神科デイケアの外側では、「病人や障害者が年金や生活保護をもらって甘えている、ぜいたくしている」という偏見がまかり通っている。言っておくが障害者年金だけで生活できる額には達しない、多くの人は年老いた家族のもとなどで窮屈な生活を送らざるを得ない。体調も少しずつしか改善しない。その間多くの人よりゆっくりと成長していくので、周りの速度についていけない。

 さらに精神科デイケアに長期に通院している人が他の一般就労と同じ条件で就労するのは大変難しい。私は職業訓練プログラムも受けたし障害年金ももらっているからわかるのである。

 しかしそういう実態を誰も知らない。知らないまま、社会は厳しいもので自分は苦しいが我慢しているのに、弱者は甘えてというこちらから見て非常に身勝手な思いを抱いている。弱者をバカにするということに制御がかからないのは私の子ども時代のいじめの陰湿さ、凄惨さをみれば明らかなのであり、自分もいじめられていたわけで、そういう人々がもし、障害者に触れあったり見ることもなく、遠ざけて成人すればとんでもないことになるということも私は気づいていた。

 つまりこの社会は遠い昔から、社会的弱者を甘えやがってとか蹂躙することが多々あった社会なのである。

 

 そのような社会であることが、戦後という時代の倫理的な核のようなものも風化させていけば強力な差別性が露出することも明らかだ。政府はこの犯罪を重大な障害者差別による犯罪とは今も認定していない。認定すれば、政府のこれまでの方針、これからの方針にかかわるからだろう。

 政府が原爆被ばく者、公害病患者、薬害患者、原発事故被害者にしている仕打ちをみれば、なるべく救わない、差別のうちに問題を風化させていくことは明らかなのである。

 

 ここまで書いてきたことを総合すればいくつもの取り組みにもかかわらず、この社会は圧倒的に普通に生きている人々の「甘えるな」「仕方ない」「よくわからない」の圧倒的な流れを止めることができないまま、弱者にしわ寄せが言っているということであり、政権がその流れを受けながら、むしろ活力を維持している姿である。

 つまり誰もが生きるのにしんどい社会、その構造的ないびつさをさらに社会的弱者に肩代わりさせるように動いていっているのである。もはやこのような世界では、憲法や人権といったワードが多くの人の実感に馴染まない机上の空論のように思われてしまっているようだ。つまり制度や社会構造がいびつで、そのいびつさを多くの人が解決のめどもなく生きてきて、かつて存在していた建前のようなものも取り外して、「ぶっちゃけている」社会に突入している。トランプなどを見る限り、それは日本だけのものではないのかもしれない。

 

 このように見ていくと、私がこれまで依拠してきた正義や権利の考えの維持の困難をおもう。その思いを政党に託そうとしても、何に託そうとしても、無理だダメだと押し流されていくのである。これは巨大な濁流のような状況である。

 自分はその状況の外部や観察者ではなく、一部なのである。

 今思うのは憲法改正の流れはたやすく変えられず、恐らく人々の権利を徐々に掘り崩す憲法改正自衛隊在日米軍をもうしょうがないじゃないかと既成事実化する憲法改正は止める人よりもしょうがない、現状にぴったりでいいじゃないかというものが多く、それが経済界や政府に有利なだけなのだといくら言ってもなかなか伝わらない状況は続くだろう。

 もちろん戦後社会そのものが矛盾と構造疲労で持たないということもある。

 それをとりあえずの屋台骨で支えようとしてもそんなの嘘だという話にすぐなってしまうのだろう。

 

 で、あるなら、もちろんこの社会に対して差別はいけないとか人権は大事だということを訴えるとしてもそれが全く簡単に伝わらないことを自覚し、戦略的にいくのであれ、本質的にいくのであれ、もう非常に明確に自分の大切なものを確かめ、必死に生きる中で私は私が上に書いてきたようなことをさらに体当たりで徒手空拳で、伝わらない相手側のことも想像しながらなお、しっかり言葉を出せるようにしていくしかない。

 もはやこの先には教科書で参照できるような分かりやすい処方はない。歴史や経験を参照するとしてもそれは今に合うように絶えず組み替えなければならない。

 もちろんそれで私は敗北するかもしれない。勝ち負けどころか状況にかすり傷を与えられることすらできず無力な個人として野垂れ死ぬかもしれない。もとよりそれが歴史における個人なのであろう。マルクスだって誰だってそう思っていたはずだ。

 しかし自分が生きて存在するなら精いっぱい自分の問題を追いかけたい。そのこだわりしか私の依拠できるものはない。

 

 

 

【詩作品】青の視線の先に

あなたが笑っているとき

私は他所を向いていました

他所を向いているのは気がついてほしいからです

 

この青に

 

私の眼の前にある青は

普通の青ではありません

それは

キレイで

どこまでも続く青です

 

しかし私は

あなたがこれを見てしまうと

やはりまずいと感じ

慌てて

あなたに目を合わせ

戸惑いながら共に笑うのです

 

あなたはだからこの青を

知りません

知っていたらあなたは

私が知るあなたではなくなるので

この青から永遠にあなたを

守らなければなりません

 

それは

私にはとても辛い作業です

でも

それを知って

誰かが私を助ける知恵を

簡単に出せるようなものではありません

 

もし知恵があるなら

その青の向こう側を

見れるかもしれません

 

しかしそれが天国であるかも

誰もわからないでしょうけど

 

 

 

 

 

 

【詩作品】スカートも蝶も

何かあったのかな

何かなかったのかな

 

スカートも蝶もない

予定もない

約束もない 顔を作ることもない

作る顔がない 涙の溢れた岩

 

大地 ただ大地

 

激しい感情 看板

大地 

スカートも蝶もない

飾る歌もない

読ませる言葉もない

 

託された使命も

人生ですべきことも

ない

 

気持ちはある 底なしに 

それは洗っておらず

ただ溢れてくる

誰かを迎え入れる

入れ物がない

 

迎え撃つべき敵も

読み解くべき歴史書も

罪に満ちあふれた世界に対する

道義とか正義もない

 

片隅でひっそり落ち着く

日陰なりの人生も

焼き尽くすような青春もない

 

ないものを数える不毛さしかない

故に手に入れる勇気がない

勇気を高める練習も

愛されるための技も

不器用ながら信用されそうな

そんな人徳も無い

 

穴を掘って光を入れる

大好きなものが

降り注ぐかもしれない

布を広げて

風を抱きしめれば

スカートか蝶が

大空の彼方から

来るかもしれない

 

燃え尽きて

明るい光は

燃え尽きる温度なので

【詩作品】バンザイ

高まる 破片である

考えをまとめない

一本の芯である

私は

 

私はテレビニュースを見る

死んだ人の数だけが

通り抜けて、父や母の顔も

画面をみている

朝かもしれない、それは

 

多分私も殺されるんだと

ストンと落ちた

殺されることは確かなのだ

決まっていたのだ

何度も否定したのに 悔しいものだ

 

私はたぶん殺されるのだろう

なぜかそれは確かだと思う

 

私の無暗な愛も私の宝だ

愛は不確かだ それが不確かであるほど

苦しさは確かだ

愛することを捨てて

先にひとを殺すということは楽な話

そう思う人があるのだろう

ひとを愛さないなら

ひとは数になるのだろう

 

ひとは結びついているから

私の破片は切っ先である

私が切り裂く線はやはり

一本の芯である 芯は紐をつたって

さらに意味を奪い合う

 

私は切っ先であるから

結びつきを作ることができない

 

幸せな顔や楽しそうな顔を呪うということもある

愛さずに殺したり

ないことにしちまえば楽だ

そう思う人がいて

私はその人を否定できない

バカなことするなと何度も叫ぼうと答えはない

夢の中で叫んでみた

叫びながらちゃんと夏の昼下がりに

目を開いた

 

あいまいに諦めているのかもしれない

幸せな顔や楽しそうな顔を

私は最後のところでしていない

このままの顔で

この世界はいつまで

無くならないのか

 

私が笑う前に

私の世界が終わったら

どうしよう

空々しい気持ちになりながら

私は普通を装おうとする

ぎこちない苦笑で

日々を焼いている

 

通り過ぎていく夜の街に

誰もが

どうしてよいかわからない

結局どうしてよいかわからない

誰もがディスプレイを

見ていて

時間を流す力がない

 

花が開くとき

空気は花を温かく見返す

私の周りから

切り裂かれた空気の破片が

落ちていく

 

人を殺すなはわかっている

私に何があるか

殺されるかもしれない私に

何があるか

 

強い叫びだけが突き上げる

 

バンザイ

バンザイ

 

生まれてしまって

こんなに溢れて

行き先がわからない

 

バンザイ

バンザイ

 

 

【詩作品】海辺の待合で

高まることはない

深まることはない

進むことはない

 

旅がらす

海辺の公園

真新しい靴

 

みじめな日々

布団を抱いて羽ばたく日々

 

お父さん お母さん

らっきょう

草花

短い足

 

試している

この青空が

僕を

試している

僕らを

生きていけるか

生きていることが

安らかか

安らかでないなら

何故であろうか

 

毎日

終わろうと

したくする

波動がつらぬき

矢が飛んでいく

 

もう時間がない

まだ時間のふりをする

この命は

約束を持たない

愛するという気持ちを

海辺の草むらの上に置く

 

ここに

来ることがあるだろうか

誰か来ることがあるだろうか

 

 

【詩作品】光の謝罪、夜の無罪

1人で

夜を過ごしている

厳しい言葉を話しすぎて

ゴメンなさい

謝っても意味ないが

むしょうにゴメンなさい

 

それを鉛筆で紙に書いて

丸める

 

夜は誰にも謝らず

ただ影に隠れた惑星だ

あなたに話す内容なんて

大してない

三つ葉、サンショ、タマネギ

シナモン

 

あなたに伝えたい気持ちは

私の牢獄に書いておいた

とてもとてもここから出て

ここから出ていきたい

出たらすぐ死ぬ虫になって

光のある方向に

たぶん飛んでいきましょう

 

これからは

終わりに向かう

だから

この広い空の

さみしい野原で

笑いながら転がり続ける

 

海を渡る

私たちは

ふるさとを亡くし始めた

亡くしたふるさとが

巾着袋で泣いていた

 

のど飴

道行き

旅がらす

白黒写真

だぶだぶの洋服

ハチマキ

ビラまき

改札

 

誰がいたか振り返る

チラチラと光の筋がみえて

何もかもが始まっている

あまりに

多すぎる

暗闇の線路の向こうで

 

 

 

問いも答えもない手紙

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(以下はこの音楽に触発された僕の詩です。当然草野さんの歌詞より下手です)

ー問いも答えもない手紙ー

 

この宿題を解かなくてはならない

この宿題には問題さえない

遠くの空に手を伸ばしつかみ取った朝の光が

何の意味をもつのだろう

 

あの時、悲しい思いをさせたあの人に

僕は届くことがない手紙を書かなければならないだろう

この愚かで小さな僕が壊れて

流れ出した未来に向けて

 

たぶん命乞いをした日々にも

それでも僕は全く何事もなかったかのような

顔をし続けているだろう

それは僕が背負った唯一の顔

あなたは変われると

あの人の中の正確な羅針盤が方位を示した

僕はその胸の羅針盤に顔を寄せ

涙を流すしかなかったのだ

 

しかしあの頃僕には

その方位を歩き出す力がなかった

誤魔化して歩き回ることもできなかった

疲れたから眠らせてくれと

いうしかなかった

 

その時をやり直せないということを知るのに

何度寄り道をし続けたかわからない

 

それでも笑って

それでも懲りずにいる

夜の闇に抱かれながら

僕はこの気持ちを手放さないでいる

強く抱いて

その力を信じて

ただの馬鹿力であふれて燃え尽きそうで